剣を向けた相手は
―塔の前 夜―
(やっぱり駄目か)
僕が引っ張っても物音すらしなかった。開かずの扉という称号を得ているだけある。もしかしたら、なんて期待する方が馬鹿だ。つまり、僕は馬鹿だ。
(時間を無駄にしてしまった。冷静に考えれば、伝説にすがるなど馬鹿馬鹿しい話だよ。ましてや王が……みっともない。それに、仮に伝説が本当だったとしても、僕みたいな奴はどこかの世界に迷惑をかけるだけだ。誰かに見られる前に戻るか。まだ仕事が残っているし)
塔を背に、城内へと帰ろうとした時だった。
「だああああああああああああああっ!」
男の叫ぶ声が背後から聞こえた。僕は、慌てて振り向く。
(この声は!? 後ろからって……この塔から!? しかしこの塔には入れないはずだ。この扉しか、出入りすることなど不可能だし……でも、確実にここから!)
塔を確認するが、窓らしきものはない。しかし、その声は確実にその塔の中から聞こえ、徐々に近付いてくる。
「やべぇって! やべぇ!」
もう扉の前にまで迫っているような感じだ。僕は少し距離を取り、慌てて剣を抜いて構える。
(よく分からないけど、何か絶対出てくる! 万が一危ない奴だったとしても、この塔から出てくるってことは何かを知っている可能性が高い。魔法はやり過ぎてしまいそうだし、剣なら……どうにか出来る!)
「うわああああああああああああああああ!」
僕が引っ張った時には、びくともせず開く気配すなかったその扉は、待ってましたと言わんばかりに簡単に開かれた。扉が嗤っている気がした。
そして、そこから一人の男性が出て来て、そのまま前転をしながら転がり続け、僕の方にまで来た。最終的に、無様にも大の字になって勢いは収まった。
その時、塔の扉を見ると既に閉まっていた。
(危ない奴には見えないが、油断させる為の作戦かもしれない、一応……それに、あの扉を開けるなど)
倒れる男性にゆっくりと近付き、剣先を向ける。
「何者だ? 何故、この塔から出てきた?」
「痛てぇ……ったく、散々だ」
僕がそう言うと、男性はゆっくりと顔を上げた。
「えっ!? えっ!? あ!? え、こ、殺さないでくれ! 後でどんな報いでも……とりあえず、お、俺は、あんたを守りに来ただけなんだからさ! 落ち着いて!」
そして、その瞬間、男性の顔を確認することが出来たのと同時にかつてないほどの衝撃に包まれた。これは、全て夢なのではと思ってしまうくらい。
(な、何!? ど、どうなっている!?)
何故なら、僕が剣を向けている男性は――――――僕だったからだ。