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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
五章 縁は異なもの味なもの
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内緒の食べ物

―上野城内離れ 夜―

「美味しかった? 無理してないよね?」

「嗚呼、とても美味しかった……これは普段琉歌が食べている物かい?」


 僕がそう言うと、琉歌は少し俯いてこう答えた。


「うん、そう……だよ」

「一体何の食べ物何だろう? 教えてよ」


(何も違和感を感じずに食べることが出来た。今の僕にとって、これほど嬉しいことはないよ……)


「知りたい?」

「うん、とても」

「……な~いしょ! うふふ!」


 琉歌は悪戯っぽく笑って、人差し指を自身の唇に置く仕草をした。


「意地悪言わないでくれよ……」

「どうしてそんなに知りたいの?」

「美味しかったから、それだけさ」

「でも、この世界には、もっと美味しい物があるって本に書いてあったよ」

「本なんて……その作者の主観さ、そんなに当てにならない」

「そうなの……?」

「そうさ、自分で感じて、考えた方がよっぽど確かだよ。大人になったその日から、それが君にも出来るようになる」

「自分で……かぁ……」

「それで? 一体何の食べ物だったんだい?」

「へ!? まだ聞く!?」

「聞く」

「絶対言わない!」


(何でそんなに言いたくないんだ? 実はとんでもない物……なんてね。とんでもない物が美味しく感じる筈ない)


「た――」

 

 そう言いかけた所で、ゴーンという大きな音が鳴った。


「あ! 十二時だ! 私寝ないと!」


 助かった、と言わんばかりの表情を琉歌は浮かべる。


「時の鐘って奴か……」


(徹底してるな……)


「巽さんは、どこで寝るの?」

「城に部屋が用意してあるらしいから、そこで寝るよ」

「また、朝来てくれる?」

「行けたら……行く」

「そう言うのって絶対来ないんだよ!」

「それも本?」

「うん!」


(まぁ……それは間違いじゃないかもな)


「分かった、絶対行く」

「わ~い!」


(その時にまた聞くか)


 僕は琉歌に見送られ、離れを後にした。早く寝て、疲れた体を癒そうと、城へ向かって歩く途中だった。橋の向こうに誰かがいることに気付いた。月明りがあるとは言え、ここは暗すぎてこの距離からでは顔を確認することは難しい。


(誰だ?)


 恐る恐る橋を渡って進むと、その人物が何者であるか、それをしっかりと確認することが出来た。平然とそこに立ち、僕がここから出て来ることを確実に分かって仁王立ち。

 向こうも僕に対して、笑顔を作っている。かつて、僕が最も頼りにしていた人物。今は、最も憎む人物。

 手に力が入る。怒り、憎しみ、悲しみ、入り混じった汚く醜いあの時の感情が蘇ってきた。

 

(何故、この人がここに立っている? 一体……どうして)


「ひさしぶり……巽、元気そうで良かった、はははっ」


 おじさんはそう言うと、橋の上で固まる僕に近付いて無理矢理手を握った。

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