内緒の食べ物
―上野城内離れ 夜―
「美味しかった? 無理してないよね?」
「嗚呼、とても美味しかった……これは普段琉歌が食べている物かい?」
僕がそう言うと、琉歌は少し俯いてこう答えた。
「うん、そう……だよ」
「一体何の食べ物何だろう? 教えてよ」
(何も違和感を感じずに食べることが出来た。今の僕にとって、これほど嬉しいことはないよ……)
「知りたい?」
「うん、とても」
「……な~いしょ! うふふ!」
琉歌は悪戯っぽく笑って、人差し指を自身の唇に置く仕草をした。
「意地悪言わないでくれよ……」
「どうしてそんなに知りたいの?」
「美味しかったから、それだけさ」
「でも、この世界には、もっと美味しい物があるって本に書いてあったよ」
「本なんて……その作者の主観さ、そんなに当てにならない」
「そうなの……?」
「そうさ、自分で感じて、考えた方がよっぽど確かだよ。大人になったその日から、それが君にも出来るようになる」
「自分で……かぁ……」
「それで? 一体何の食べ物だったんだい?」
「へ!? まだ聞く!?」
「聞く」
「絶対言わない!」
(何でそんなに言いたくないんだ? 実はとんでもない物……なんてね。とんでもない物が美味しく感じる筈ない)
「た――」
そう言いかけた所で、ゴーンという大きな音が鳴った。
「あ! 十二時だ! 私寝ないと!」
助かった、と言わんばかりの表情を琉歌は浮かべる。
「時の鐘って奴か……」
(徹底してるな……)
「巽さんは、どこで寝るの?」
「城に部屋が用意してあるらしいから、そこで寝るよ」
「また、朝来てくれる?」
「行けたら……行く」
「そう言うのって絶対来ないんだよ!」
「それも本?」
「うん!」
(まぁ……それは間違いじゃないかもな)
「分かった、絶対行く」
「わ~い!」
(その時にまた聞くか)
僕は琉歌に見送られ、離れを後にした。早く寝て、疲れた体を癒そうと、城へ向かって歩く途中だった。橋の向こうに誰かがいることに気付いた。月明りがあるとは言え、ここは暗すぎてこの距離からでは顔を確認することは難しい。
(誰だ?)
恐る恐る橋を渡って進むと、その人物が何者であるか、それをしっかりと確認することが出来た。平然とそこに立ち、僕がここから出て来ることを確実に分かって仁王立ち。
向こうも僕に対して、笑顔を作っている。かつて、僕が最も頼りにしていた人物。今は、最も憎む人物。
手に力が入る。怒り、憎しみ、悲しみ、入り混じった汚く醜いあの時の感情が蘇ってきた。
(何故、この人がここに立っている? 一体……どうして)
「ひさしぶり……巽、元気そうで良かった、はははっ」
おじさんはそう言うと、橋の上で固まる僕に近付いて無理矢理手を握った。




