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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
五章 縁は異なもの味なもの
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美味しい

―上野城内離れ 夜―

「危なかったぁ……これが、魔法なんだね、凄い。ありがとう」

「無事で良かった……」


畳に手を付いて、琉歌は小刻みに震えながら僕にそう言った。

ドクドクと脈打つ心臓の音が僕の中で響く。緊張から安心へと状況の変化が一瞬だった為か、その変化に自分自身がついていけていない。琉歌に手を伸ばしたままの体勢から動くことが出来ない。


(本当に良かった……間に合って)


 僕が、もう少し早く魔法を使うことが出来ていなかったら、今頃琉歌は窓から落ちていた。窓から地面はそんなに高い訳ではない。だが、もしあの体勢のまま落ちていたとしたら、間違いなく頭も打つし体を痛める。

 それに、琉歌は誰かとの約束でここから出ることは駄目なのだと言っていた。この離れから出るのが駄目だということは、恐らくこの場合も、その約束は適用されるのだろう。


(約束と君を守れて……)


 琉歌が一人で、誰も見てないこの場所で約束をずっと守り続けていたというのに、それをこんな小さな事故が原因で破らせたくなどなかった。

 もしこの約束を破ってしまったら、一体琉歌はどうなってしまうのだろう。

 僕は、座り込む琉歌の所へ向かおうと手を下ろし、右足を一歩踏み出した。しかし、その直後、またあの現象が僕を襲った。


「ぐっ……!?」


 今まで以上に苦しく、左足を踏み出すことなど出来ず、崩れ落ちた。

 

「巽さん!?」


 琉歌は、その僕の様子を見て、僕の所へと駆け寄ろうとする。


「来ちゃ駄目だっ!」


 僕のその声で、琉歌はその場で固まる。


「でも……どこか痛い所があるの!?」


(見られたら……何もかも終わりだ。早くここから逃げなければ。でも体が動かない……)


 必死に立とうとしても、足に全く力が入らない。その一方で、徐々に僕の体に変化が訪れる。それは、普段よりもゆっくりであった。それだけが今の僕の救いだった。


「お腹が空いた……」

「お腹が空いたの!? でも……」


 僕の口から勝手に零れ落ちた。言おうと思って言った訳ではない。しかし、その僕の吐いた言葉は本音だ。ここ最近、まともに食事をしていない。

 食べたとしても、その食事は何故だか僕に合わない。自分を騙し騙し、そのことを考えずに頑張っていたのだが。もう限界だ。

 このようになってしまった以上、それは最悪の結果となってしまったということになる。


――ここなら君の食べられる物がある……急いで彼女に貰うんだ――


 僕の脳内に、その声は響く。その声もまた苦しそうに聞こえた。


「何でもいい……何でもいいから……僕に……」


 僕は座ることすらも難しくなってきた。本当は、少しでも早くここから逃げ出したい。しかし、体は動かないし、それに声がここで何かを食べることを望んでいる。その声に僕は逆らえない。

 琉歌は、固く目を瞑って何か葛藤をしているように見える。


――頼むから早くしてくれ……――


「琉歌っ!」


 僕はそう叫んだ後、恐る恐る自身の包帯が巻かれていない方の手を確認する。爪が鋭く伸びてきている。慌ててその手を握って、爪を隠す。


「分かった……でも絶対、目を開けないで、絶対。約束」


 琉歌は、そう言うと部屋の奥へと向かって行く。その先にあるのは、押し入れのような場所。


「何でもする……だから、早くしてくれっ!」


 僕は、固く目を瞑る。


「目、瞑った?」


 遠くから、確認するような声がした。


「嗚呼……何も見えない」


 真っ暗だ。感じるのは、琉歌がゆっくりとこちらへと向かってくる音と、美味しそうな匂いだけ。


「じゃあ、行くよ」


 その言葉の直後、僕の唇は温かくなった。そして、何かがゆっくりと僕の口に入ってくる。


「噛んで、飲み込んだら、目を開けて」

 

 琉歌の言葉の言う通り、僕はまずその何かを噛んだ。


(なんて美味しいんだろう……)


――危なかった――

 

 ひさしぶりに純粋に美味しいと感じる物。それは、一瞬で飲み込める形となって、僕の喉へと吸い込まれて行く。

 それと同時に、伸びていた爪が短くなっていくのを感じた。僕は、ゆっくりと目を開ける。目の前で、琉歌が心配そうな顔でこちらを見ていた。

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