我が血が尽きるまで
―上野城内 夕刻―
地面に着地した時、既に田村殿と使用人達が戦っていた。そして、少し遅れて迅がやって来た。
龍を見上げると、遥かに高い位置で小鳥が叫んでいる。何を言っているのかは全く聞き取れないが、助けを求めているのは分かる。
藤堂さんや薬師寺大臣、僕らの所の使用人達も龍に向かって行く。僕も、田村殿の所まで駆け寄ろうとした時だ。
「ちょっと待ってよ、巽義兄さん」
僕の喉仏に刀先を向けて、行く手を阻んだのは迅だった。
「はぁ!?」
(こんな状況で何を考えている!? 一刻を争う事態だと言うのに!)
「急がば回れって言うだろ?」
「この状況で呑気に回ってられるか!」
「死に急ぎたい?」
「……どういう意味だ」
「今、僕に殺されるか、龍に殺されるか。どっちしても、巽義兄さん……お前には死んで貰う。折角用意したんだ、いい舞台だろう?」
(なるほど……ゴタゴタに紛れて、か。舐められたもんだなぁ)
周囲の者達は不自然なくらいに龍に夢中で、この迅の裏切りになんて気付いてもいない。
(この龍が封印されていた理由……一つはこれかな)
小鳥の叫びが、徐々に大きくなっていく。ずっと叫び続けているが、残念ながらその声は彼らには聞こえていない。聞こえているのは、僕と迅くらいのものだろう。
「悪いけど……君よりは弱くない」
僕は向けられた刀を掴む。
(痛い……でも、笑うんだ、笑え、僕)
必死に笑顔を作る。こういうのをすると、大体の人は怯んでくれる。迅も、その大体の人に含まれているようだ。
「は、離せ!」
「そう、急いでるんだ。僕は……死に。でも、ここで王がやられたら情ないったらありゃしない。どうせなら、もう少し格好良く逝きたい。こんな舞台で僕は満足しない」
血が、ポタポタと滴り落ちる。痛過ぎて、涙が出てきそうだ。いや、涙が出る前に気絶かもしれない。今、気絶していないのは、助けなければという思いがあるからだ。それだけの気持ちで、僕は今ここに立ち、剣を握り締めている。
(後、もう少し、もう少し……)
握る力を強く、さらに強くしていく。
「あ、そういえば、一つ聞きたいことがあるんだ。何で、睦月が僕のせいで死んだと思ったの?」
(あの時、嘘の嘘……睦月は病死したと伝えられた。それなのに、まるで嘘を知っているかのようだった)
「だ、誰か!」
迅が助けを求めるように、叫ぶ。城から奥方が見ていたが、奥方もまた龍しか見えていない。そう誰にも、この声は届かない。
「答えろ」
(龍を利用しておきながら、理解出来ていないようだな……)
「不気味な奴が現れて、それだけ伝えてどっか行ったんだよ!」
「不気味な奴?」
「お前が来る一日前だ。睦月さんはお前を庇って死んだのだと……」
(それ嘘だけどね)
「へぇ……誰?」
「知らない! ほとんど顔とか見えないし分からなかった。でも、声的に多分女……」
「それ信じたんだ」
「自分はな。父さんとか母さん達は信じてなかった。だから、今日お前を揺さぶった。あの後、デタラメを信じて言うなって怒られたけど」
(女……誰だろう)
「なぁ、もういいだろ。離せ!」
「分かったよ」
僕は、今ある力を刀へと向けた。直後、指共々刀は粉砕された。
「……な!?」
「はい、離したよ。それしても、喋り過ぎじゃないかな。やっぱり、僕より君は弱い」
相変わらず、彼らは龍に夢中だ。上を見上げると、小鳥は泣いていた。
(嗚呼、可哀想に、もう少しの辛抱だから)
僕は、再び迅に顔を向ける。
「あああああああ! なんで、どうなってんだよ! あの女はどこだよ!?」
(となると……やはり、このことを伝えた女がこの龍を? さらに知ってるということは、我が国の大臣か使用人……このことを知り、このことを漏らした愚か者の口は国の為に黙らせる必要がある……)
僕は、迅の元へと歩み寄る。
「シーッ! 静かにしないと、皆を惑わせるよ」
僕は、血塗れになった方の手の指を迅の唇に当てる。
「ひっ……な、何するんだよ!? もう――」
「我が血よ、この者の口を閉ざせ、我が肉体が尽きるまで」




