悲鳴は切り裂く
―上野城大広間 夕刻―
使用人に案内されたのは、大広間。和室特有の匂いと、机に置かれた料理の悪臭が混ざり、僕は気分が少し悪くなった。
(臭いがキツイな……)
と思っても、それを何とか堪えないといけない。
「おぉ、遅かったではないか!」
酔いが回っているのか、田村殿の顔は既に赤い。周囲を見ると、彼らもまた顔がほんのり頬が赤い。どうやら、藤堂さんや大臣や使用人達も一緒に食べるようだ。もう既に食べているみたいだが。
「申し訳ございません」
と、その使用人は、ちらりと僕を見て言った。
(僕のせいだって言いたいんだね、確かにそうだけどさ……)
もはや、あえて分かるようにやっているのではないかと思う。僕への戒めで。
「先にやらせて貰っているぞ。どれ巽君、君も一杯」
田村殿は、僕に徳利を差し出す。
「いやぁ……僕は……」
「それ、美味しいお酒ですよ」
藤堂さんは、揚げ物を食べながら満面の笑みで言った。
「国自慢のお酒なのよ、是非飲んで!」
こちらも酔っているのか、奥方が機嫌良さげに酒を勧める。
「そうですか……」
(これのどこが美味しいんだろう? 苦いし不味いし……次の日はしんどいし……記憶も飛ぶし、何もいいことがないじゃないか)
「自分が注いでやる」
僕が席に着くと、満面の笑みの迅によって無情にもお酒が注がれていく。迅は、まだ大人ではないので飲んではいないらしい。
「い――」
いらないと僕が言いかけた時だった。
「いやぁああああああああああああああああああ!」
下の方から小鳥の悲鳴がした。その悲鳴で、部屋の穏やかな雰囲気は一転、張り詰めたものに変わる。
「小鳥!?」
僕は慌てて、窓から外を覗く。すると、衝撃的な光景がそこにはあった。一匹の龍が小鳥を掴んでいたのだ。馬車の中では、ゴンザレスがまだ眠っていた。
(あいつ……呑気にもほどがあるだろ! どうしてこんなに平然と眠っていられる!?)
「田村殿! 龍がいます! 小鳥が……!」
僕のその言葉に、周囲が衝撃と困惑に包まれる。どよめきが起こり、皆の混乱が伺えた。
「何だと!? どうして城内に!? 見張りはどうした!?」
「龍の侵入したとの報告はありませんでした! そもそも龍なんてとっくの昔に……」
「では、一体どこから侵入したと言うのだ!」
「まさか……封印が……」
迅がそう言うと、場が一瞬にして静まる。
「封印? なんですか、それは! 龍などとっくに……!」
藤堂さんが質問する。
「後でしっかり説明するとしよう! 今は、あの子を救うことが先だ!」
田村殿は、走って大広間から出て行く。それに続くように使用人達も後からついて行った。
「一体誰が……?」
「母さんは、ここにいなよ。もしものことがあれば、急いで国民達に伝えて逃げるんだ」
迅は奥方にそう言って、後から大広間から走って出ていった。
「僕らはここから行こう」
「良かった、護身用の小刀を持って来ておいて」
藤堂さんは懐から小刀を取り出して、覚悟を決めたように息を吐く。
「封印されるような龍では、力を見せ所どうこうではないわね」
薬師寺大臣は、とんでもなく怖い目をしている。人を殺す目だ。こっちが怖い。
(小鳥……絶対に助けてやる)
窓から僕は飛び降りた。




