この世界はとっても
―上野城内 昼―
使用人に案内されて辿り着いたのは、かなり城から離れた場所だった。
(離れというより隔離って感じがするけど……考え過ぎか)
その離れは、池の上にポツンとあった。真っ赤な木橋がかけてあって、そこから入るようだ。
「では、私はこれで……」
使用人が僕を置いて、どこかに行こうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
「はい?」
「え、僕はどうするの?」
「どうするって……」
は? と言ってはないが顔に出ている。
「いや、だって……」
「橋を渡って、中に入ればいいじゃないですか」
「え……あ、うん」
(なんでこんな高圧的なんだ? 仮にも僕は王なんだけどな……こういう人なのかも)
僕は複雑な思いを抱えながら、離れへと歩みを進めた。段々と近付くと、鼓動も大きく、そして速くなっていく。僕にしか聞こえない音が、僕の中で響き続ける。
(どうしてこんなになってしまうんだ。ただ会うだけじゃないか、ただ会うだけ、ただ会うだけ……)
自身の胸に手を当てて、そう何度も言い聞かせた。それでも鼓動は激しく速くなる一方。
「――幸せは気付かれた♪」
透き通る綺麗な歌声が、僕の大きな鼓動さえも凌いだ。
「歌……?」
「幸せを踏み台に♪」
(なんて綺麗なんだ、なんて素晴らしいんだ……)
「命は彼方へと沈んでく~♪」
歌声がとまった時、僕はいつの間にか建物内にいた。そして、目の前には一人の美しい女性が涙を流しながら、こちらを見つめていた。その美しさに、僕は息を吞む。
(まるで、人形のようだ……いや、それよりもずっと美しい)
「逢いたかった、ずっと待ってた……」
そう言って、琉歌は僕に思いっきり抱き着いた。
「僕も会いたかった……ずっと」
僕は、琉歌を抱き締めた。華奢な体だと感じた。琉歌の髪は、黒髪を見慣れた僕でも見惚れてしまうくらいに綺麗だった。あの大臣や睦月よりも美しい黒髪だった。
繊細でありながら、他人の目を引く大胆さのある髪。髪だけでこんなにも美しさを表現出来てしまう。全てが絵になるほど、何もかも美しい。
会うまでは少し不安だった。でも、それは杞憂だった。見ただけで、ますます愛おしくなった。
「長い時間だった……ねぇ、聞きたいことがあるの! 文字だと聞きにくくて! 聞いてもいい?」
そして、琉歌は一度僕から離れる。
「勿論さ」
純粋に笑う彼女に釣られ、僕も笑ってしまった。
「巽さんは、この世界のこと好き?」
「この……世界? どうしてそんなことを?」
「ずっと気になってたの。手紙でのやり取りで……」
(手紙でのやり取りで、何故……?)
「僕が、この世界が好きかどうかなんて……琉歌が気にすることなんかじゃないだろう? どうだっていいじゃないか」
「……ごめんね。だけど、凄く気になってたの。小さい頃の手紙は、私の質問に答えるだけじゃなくて、貴方のこと、未来に対する希望が沢山書いてあった。だけど今の手紙は淡々と質問に答えてくれるだけ。それに前出した手紙に、この質問を書いたら返って来なかったから余計気になって……」
(前出した手紙……美月に読まれた奴か。僕は、読めなかったな。結局)
「あぁ……ごめん。忙しかったから、まだ読めてないんだ。それに、小さい頃は自分について語りたくて仕方ない時期だろう? 成長してそういうのをやめた、それだけのことだよ。それに世界なんて関係ないよ」
僕は、笑顔を繕う。
「そう……私てっきり未来に希望とかを持てなくなって、この世界が嫌いに、嫌になったんじゃないかって思ってた。あまりにも唐突だったから……そっか、ならいいの」
未来に希望を持てない。その言葉は図星だった。あの現象に陥ってしまった時から、六歳の時からずっとこの世界が嫌で憎くて怖くて、未来がなくなればいいってそう思っていた。
「嫌いな訳ないだろう? だって、この世界はとっても」
僕は琉歌に顔が見えないように、もう一度抱き締めた。
「美しいから」




