成長
―上野城内 昼―
急な坂道を上ると、ようやく城の玄関らしき門が見えて来た。そして、そこには何人かいるのが見える。
(やっと着く……)
田村殿がかなり速い速度で上っていくものだから、僕らはすっかり疲れていた。傾斜が高いから、歩く度に膝に来てかなりしんどかった。
「お~い! 早苗! お連れしたぞ~!」
疲れも感じないその声に、僕は流石だと感じた。伊達に、この坂上ってないってことだろう。
「お疲れ様~!」
少し先から、女性の明るい声が聞こえた。
(あと少し……)
やっと玄関の門まで辿り着くと、田村殿を除いて皆息を切らしてた。
「お待ちしておりましたわ! あら、巽君すっかり大人っぽくなって!」
田村 早苗。田村殿の奥方である。平安装束のようなな格好で、いつ見ても暑くないのかと思ってしまう。
「もう二十歳ですから……」
「はっはっはっ! そうだぞ、もうわしゃわしゃも嫌だと!」
「えぇ!? そうなの!? なら、もう抱き締めたら駄目なのかしら!?」
「二十歳なんですよ……僕は……」
こんなやり取りを、今まで何度もした気がする。いい加減、僕を子供扱いするのは勘弁して欲しい。
「寂しいわね~。成長っていうのは……少し見ない間に、ここまで変わるなんて」
そう言うと、奥方は悲しそうに笑った。何故だろう。いい加減、僕の成長を喜んで欲しいものだ。
「本当、二人共巽義兄さんが好きだよね」
苦笑いを浮かべながら、奥方の隣にいた少し小柄な男が腕を組みながらそう言った。
彼は、次期当主の田村 迅。遠い親戚の子を養子にした、確かそうだった筈だ。
「成長の様子をよく見て来たからな!」
「ふ~ん……確かに少し身長も伸びて、大人に見えるようにはなったかな」
迅は近付き、舐め回すように僕を見る。そこに好意は感じない。気持ちの悪い奴。
「だから、僕は大人だって」
「雰囲気も変わったよね。色々あったから? 例えば、睦月さんのこととか?」
その名前を出した瞬間、場が一気に静まり返った。
「迅……!」
奥方が焦りの表情を浮かべ、迅をとめようとする。それでも気にせず、迅は続けた。
「正直言って、義兄さんには失望したよ。義兄さんのせいで睦月が死んだんだろう? 今の義兄さんに、姉さんを任せるのは危険じゃないかな」
(それが言いたかっただけだろ。別にいいけど。それよりおかしいなぁ……)
迅を黙らせる為の手段を思いついた。僕は迅の耳元で囁く。
「そう思ってくれても構わないよ。でもこれは、随分と昔に決まっていたこと。後から来た君がごちゃごちゃ言っても、何も変わらない。君は黙ってそれに従っていればいい。それが今、君に出来る唯一のことさ。第三者は黙ってなよ」
これは、嘘ではない本心だ。だから、言葉が滞ることなく次から次へと出た。
「……お前誰だよ。雰囲気所じゃない、何もかも変わったね……」
「いい加減にしろ! 迅!」
田村殿の威圧感のある声が響いた。
「はぁ……皆おかしいよ。どうかしてる……」
そう呟きながら、迅は遠くへと歩いて行った。自分は一切悪くない、そんな様子だ。
「ごめんなさいね、あの子ったら……」
「後でもう一度、しっかり言っておこう。巽君は何も心配しなくていい。彼女のことと、これは無関係だ……本当にすまない」
「いいんです。別に」
僕は、必死に口角を上げて笑顔を繕った。
「巽君、娘はずっと君に会いたがっていたようでな。この時、この日をずっと待っていたんだ。だから、早く会いに行ってあげて欲しい」
「彼女はどこに?」
「少し向こうの離れにいるよ。ちょっと病弱でね、療養中だ。でも、巽君と会えば、少しは元気になるんじゃないかと思う」
「巽君をあの子の元へ連れて行ってあげて……」
奥方がそう言うと、一人の使用人が僕の目の前に現れた。
「参りましょう」
「あ、嗚呼……」
「では、我々は我々ですべきことをしようか」
僕らは二手に分かれて、違う場所へと向かうことになった。僕と使用人は琉歌のいる場所、その他の人達は城へ。
(病弱だから、大人になるまで駄目だったのか?)
色々疑問はあるが、会えるのならそれでいい。愛する人の待つ場所へと、僕はゆっくりと向かって行った。




