不運な男
―上野城内 昼―
城門のさらに奥、そこに城はあった。しかし、目の前にあるのは坂。結構傾斜のある坂道だ。この坂の先に、城への入口があるのだろう。
「ここからは歩きですよ~!」
御者がそう言った後、馬車はとまった。これからあの坂を上らなければならない。
僕らは、馬車から降りた。後ろの馬車に乗っていた藤堂さんや、大臣も続々と降りて来る。
「ん~!」
ゴンザレスは、大きく伸びをした。
「はっはっはっ、長旅ご苦労様」
目の前にあった坂道から、無精髭を生やした、がたいのいい着物の男性が下りて来た。その男性の名は、田村 一心。琉歌の父親であり、上野の統治者である。つまり、上野国の王だ。
「久方振りです。田村殿」
僕が挨拶したことで気付いた他の者達も、続いて挨拶をした。
「一昨年の夏以来だったかな……立派になったものだなぁ、巽君、よしよし」
田村殿は、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「やめて下さい……僕はもう子供じゃないんです。そう何度も言ってるじゃないですか」
「はっはっはっ! 撫で心地が最高なんだよ。そうだよなぁ、巽君も二十歳だからな。来る度にやってくれと言っていたあの頃が懐かしい。そして成長は虚しい……」
そう言いながら、撫でるのをやめて遠いどこかを見つめる。
「俺ならやっても……ぐはっ!」
ゴンザレスが何か言いかけた所で外交大臣が現れて、ゴンザレスを一瞬で気絶させた。
「ん!? 彼は大丈夫か? それに、さんぐらすにマスクとやらですかな……かなり怪しい感じがするが」
「新人の使用人です。サングラスはかけていないと落ち着かないらしくて……マスクは、風邪です。そしてこれは、気の緩みをなくさせる為の訓練……TPOを弁えず申し訳ございません」
(さんぐらす? ますく? てぃぴぃおー? 田村殿はこれを理解しているのか?)
眼鏡をクイッと上げて、外交大臣はそう言った。
「そうか……なるほど、素晴らしい訓練だ」
うんうん、と納得した様に田村殿は頷いた。
「小鳥、これが目覚めるまで馬車にいなさい。我々は、先に行きますから。もし、目覚めて暴れるようなら力の見せ所ですよ。頑張りなさい」
外交大臣は、にっこりと笑みを浮かべた。
「承知しました!」
元気良く、小鳥は返答した。
(災難だな……ゴンザレスは。本当にこんな訓練あるのか?)
外交大臣薬師寺 美恵子。通称親分と呼ばれるこの人は、大臣のまとめ役のような人物で、働きもとても優秀だ。それは、僕も父上も評価している。さらには、誰よりも美しい黒髪に、四十代後半とは思えないほどの美貌。才色兼備の薬師寺大臣に信奉者は多いと聞く。
しかし、僕はこの人が苦手だ。興津大臣と一、二を争うくらい。小さい頃、英語の授業で何度泣かされたことか。
(結局、英語は分からないままだ……教えてくれなんて思わないけど)
「それでは、そろそろ参ろうか、妻と……娘が待っている」
「はい、楽しみです」
僕らは、田村殿の後について坂道を上って行った。




