影武者の知りたかったこと
―馬車 昼―
二人の会話が嫌でも耳に入ってくる。寝たふりをしているだけだから、仕方がないけれど。
この時間帯は、ちょうど昼食の時間だ。二人は何かを食べながら会話をしているようだ。凄く変な臭いがする。変な臭いがしてるのは、間違いなく僕だけだろうが。
「後、とんぐらいなんだ?」
「ちょっと聞いてみます。御者さ~ん! あとどれくらいで到着しますか?」
「あと三十分もあれば着くよ~! 遠くを見てご覧! 立派なお城が少し見えるよ~!」
少し籠った男性の声でそう聞こえた。
「あ、本当だ! 凄い……古風な感じですね!」
「めっちゃカッコいいな! 日本って感じするわー。そういや、ここって俺の世界では、どこ辺りになるんだ? 上野って言ってたけど、日本史? いや地理?」
「え?」
「あ、いや……上野っていい感じのとこだなぁ~と思って……アハハハハハハ!」
(ちゃんとしてくれゴンザレス……不安だ……)
変に疑惑を持たれるのは勘弁して欲しい。
「……? 確かにいい所ですねぇ。空気が美味しいです」
「そういや、こいつ起こさねぇといけないんじゃないのか。そろそろ」
足を軽く蹴られている感覚がある。
「そうですね。でも、もしまだ……」
「別にいいだろ、起こせって言ったのこいつじゃん? もうそろ着くじゃん? 起きる条件でしょ」
「もっと優しく……巽様、起きて下さい。もう少しで到着致します」
耳元でそう優しい声が聞こえた。
「あぁ、もうそんな時間になっていたのか……」
寝てなどいなかったけど、とりあえず寝起き感を出して返答した。
「糞呑気だな。あ、そいや、お前に聞きたいことがあるんだけどさ」
「何だ」
「婚約者の名前とか知ってんのか?」
予想もしていなかった質問に驚いた。
「そりゃ知ってるけど……」
(何で急にそんなことを聞いてくるんだ?)
「ちょっと教えてくれよ」
ゴンザレスの表情は、真剣そのものだ。
「何で聞きたいんだ? 何か企んでるのか?」
「そんな訳ねぇ。ただ……気になるだけだよ」
隣の小鳥は、不思議そうに首を傾げている。
「名前は、琉歌。田村 琉歌」
僕がその名前を言うと、ゴンザレスはどこか腑に落ちない表情を浮かべた。
「知らねぇな……」
「それはそうだろ。僕も知らないんだから、名前とか以外は」
「公の場にも一度も姿を現したことがないそうですよ。少し前、実は存在していないのではないかと噂になっていたとか……でも、流石にそんな筈はありませんでしたね」
小鳥は半笑いを浮かべた。
「そういや、そんなことあいつに聞いたな。でも、何で他の奴は教えてくれなかったんだ? 名前くらい」
「他の奴?」
「お前の両親とか、大臣の奴らとかに聞いたんだけど適当にはぐらかされた。ま、一人はその噂だけ教えてくれたけどな」
「私も知りませんでした。いずれ分かるようなことですけどね……何故でしょうか」
「ま、苗字が変わる前に聞けて良かったよ」
「皆様~! そろそろ到着で~す!」
再び御者の声が聞こえた。景色を見ると、確かに立派な城がすぐ近くに見える。
「身だしなみ……大丈夫か?」
僕は、小鳥に確認して貰った。髪などが乱れていては情けない。
「はい! 問題ありません!」
(よし。この時をずっと待っていた。絶対に醜態を晒さない。一番大事だ。今の僕には……)
城門前には、こちらも多くの人が集まっている。歓声が徐々に大きくなっているのが分かった。
「こっちもこっちですげぇ……」
そして、城門がゆっくりと開かれる。目的地まであと少し、やっと会えるのだ。
手紙でしか話したことのない相手に、面と向かって。この日を僕はずっと待っていた。




