溜まる疲労
―馬車 朝―
「――おい! なんでこいつは起こさないんだよ! おかしいだろ! 不平等だ!」
そんなゴンザレスの雑音が僕の脳内に響く。
(うるさいなぁ、こんな時も相変わらず。というか、いつの間にか僕も寝てたんだ。でも、まだ眠たいな……)
少しいつもとは違う生活を取り続けたせいか、睡眠時間が少ないと、まだ寝たいと体が言っているようで、目を開けることが出来なかった。
「ゴンザレス様は、少なくとも九時間は寝ています! 今朝七時ですから十分でしょう!」
「どうせ、馬車乗ってるだけだろ! 寝させろよ!」
「駄目です! 規則正しい生活の徹底させるようにと言われています!」
「はぁ!? 誰にだよ!」
(駄目だ。一度目が覚めると、やっぱり眠れない。しかもうるさいし)
僕は、仕方なく目を開けた。頭がぼんやりとする。
「何を騒いでいるんだ……」
やはり、朝は眩しい。空に近いから余計に眩しい。
「あ! 申し訳ございません。起こしてしまいましたか……」
小鳥が大声を出し過ぎたことを自覚したのか、申し訳なさそう顔を浮かべる。
「よぉ、おはよう。王様」
にっこりと満面の笑みでゴンザレスは笑う。
「朝からそんなに元気なのは羨ましいよ、全く」
僕は、小さく伸びをした。少々体が痛い。座ったまま眠るのは、やはり体に堪える。
「朝ご飯食べましょうか、ちょっと待って下さいね」
小鳥は、後ろにある大量の荷物から何かを漁り始める。少しして、そこから小さな籠を取り出した。
「お! 何だ何だ~」
ゴンザレスは突然機嫌が良くなって、足を子供のように動かし始めた。
「サンドウィッチです。普段よりは控えめになりますが、勘弁して下さい」
「さんどういっち?」
「サンドウィッチです!」
「へぇ……勉強になったよ」
小鳥が籠を開けると、色とりどりで健康的な感じがする物が見えた。これをサンドウィッチと呼ぶらしい。
(これが理想の朝ご飯だな。でも、やっぱり美味しそうには感じない……)
「お~! これこれ! こういう朝ご飯を俺は求めてた!」
ゴンザレスは籠に手を突っ込んで、いくつかサンドウィッチを手に取ると、それらをおもむろに頬張った。
(一つずつ食べればいいのに)
「もう! あ、巽様は……?」
「いや、僕は遠慮しとくよ」
「はぁ? お前、昨日もそんなに飯食ってないだろ。食事制限か何かしてんのか?」
「そんなんじゃない……」
昨日も一生懸命用意された物を食べてはみたが、一口食べるだけで精一杯だった。
「やっぱりまだ体調が……」
「そういう訳でもないんだ。今は食べたい気分じゃない、それだけさ」
「朝ご飯はなぁ! 食べないとなぁ! 頭良くならないんだぞ!」
「一日くらい食べない日があってもいいだろ」
「それはともかく、食べないと体にも悪いですし……」
「いいって言ってるだろっ!」
思わず声を荒げてしまった。すぐに冷静さを取り戻した僕は、子供じみたことをしてしまったと感じ、恥ずかしくなった。
「申し訳ございません……」
「あ~あ、いいよいいよ、ほっといて。俺らだけで食っちまおうぜ。もう朝ご飯を食べないことの弊害出てるしな」
目の前でゴンザレスは、次から次へとサンドウィッチを放り込んでいく。それを見る度に、若干自分が苛ついていることに気付いた。
僕は食べられないのに、もう一人の僕は僕の前で平然と食事を楽しんでいる。これは意味のない嫉妬だと自覚する。でも、その嫉妬を堪えることが出来なかった。
(食べたいけど、食べれば食べるほど、しんどくなる。どうすればいいんだよ? どうしたらいいんだよ?)
「到着する頃になったら、起こしてくれ」
僕は、窓の方を向いて目を瞑った。どうせ寝れないことは分かっている。それでも、まだこうしている方がいいと考えた。
何故なら、自分が異常だということを見せつけられずに済むからだ。




