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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
四章 与えられた休養
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アネモネ

―茶の間 昼―

 茶の間へと行くと、既に皆自分の席に着いていた。しかし、普段の和やかな雰囲気はなく、重々しい雰囲気が漂っている。


(化け物に対する怒りと悲しみのせいで、こうなってるのかな? でも、これをどうにかしろって……厳しいな)


 いつもは元気な皐月は机に伏しているし、母上は肩が震えて明らかに泣いているのが分かる。父上は、そんな母上の背中を優しく摩りながら、何か語りかけている。唯一、いつも通りなのは閏だけだった。ぼんやりとどこか遠くを眺めている。そして、睦月が座っていた席には、紫の一輪の花が置いてあった。

 もし、睦月があんな軽々しく愚かな行為をしなければ、僕がちゃんと二人を引き留めることが出来ていれば、ここには花が飾られることはなかっただろう。


「この花、睦月が好きだった花かな……えっと……」


 美月が花を見ながら、そう言うと皐月がむくっと顔を上げた。


「アネモネ、睦月姉様が好きって言ってた花。特にこの色が好きって言ってた。だから、飾ったの」

「そういえば、随分と前にそんなこと言ってたわね。よく覚えてたね」

「もっといっぱいお花のこと教えて欲しかったよぉ。もっと知りたかったよぉ……」


 そう言いながら、大粒の涙を皐月は流し始めた。


「化け物さえいなければ、こんなことにはならなかったのに……」


 母上のその言葉が僕に刺さった。


(化け物さえいなければ、か。でも、僕はその化け物だ……)


「その化け物って言い方やめようよ。元々彼らだって人間なんだし。加害者かもしれないけど被害者でもあるわ」


 美月が、母上に対してそう言った。


「でも、睦月を殺したのは――」

「僕です」


 母上が言い切る前に、僕はそう言った。皆が、一斉にこちらを見る。


「何言ってんの?」


 美月は僕の服の袖を掴み、僕を睨みつける。そして、先ほどまでこちらなんて見向きもしなかった父上が、凄い形相で言う。


「言って良いことと悪いことの区別までつかなくなったのか!」

「事実を言っただけですよ。化け物どうこう以前に、僕が未熟だからこんなことになったんです。王として力不足だから。僕が殺したも同然なんです。責めるなら僕を責めて下さい。あんな姿の彼らも国民ですから、ああなってしまっている原因を未だに突き止めることが出来ていない。そういう面を含めて全て僕のせいなんです。彼らを責めるのは不憫でしょう。でも、僕を責めるのは不憫でも何でもない。やるべきことが出来ていない自己責任なんですから」


(こう言えば化け物に対する怒りや悲しみが消えて、この雰囲気もどうにかなるかな?)


 睦月と東という人物は僕の手によって消えた、つまり殺したのだ。その代わり、この国には得体の知れぬ人物が二人いる。そういう状況だ。まだ一日も経っていない。だから、恐らくまだこの国にいるし、そもそも他国へ行くことは困難だろう。


(二人はちゃんと暮らせるのかなぁ、不審がられてないかなぁ。折角僕がこう頑張ってるのに、向こうが下手したら困るんだよね……)


「お前はもう私の前で何も喋るな、不快だ。顔も見たくない」


 そう吐き捨てるように言うと、父上は立ち上がり、昼食を食べることなく、茶の間から出て行った。


「僕なんてほとんど見てもないくせに、酷いなぁ……」


 僕は、思わずそう呟いてしまった。心のどこかで思ったことが、勝手に口から零れてしまった。幸いにも、その声は誰にも届かなかったみたいだ。


「逆効果もいいとこだったわ」


 美月は、僕の足を踏んだ。


「痛っ! 化け物に対する怒りのせいで、こんな空気になってるのかと思って……」

「馬鹿ね、馬鹿過ぎる。大馬鹿」


 場の空気は、僕のせいで余計重々しくなってしまったようだ。


「ごめん……」


 少しして、沢山の料理が使用人達によって運ばれてきた。僕は、鼻をつくような異臭に思わず鼻を塞いだ。


(何だこの臭いは……)


「あ! グラタン!」


(ぐらたん?)


 皐月が、その場の空気を切り裂くようにそう叫んだ。


「あら、本当、皐月の好きなメニューが沢山あるわね」


(めにゅー? 食べ物か?)


 母上は涙を拭きながら、使用人達が入ってくる方を見る。


「なんで、皐月の好きなメニューばっかりあるの」

「お願いしたの~!」

「卑怯、そんなの聞いてない。私も今度からお願いする」


(皐月みたいにすれば良かったのか……?)


 くんくんと、犬のように料理を閏が嗅ぐ。


「いい匂い」


(僕には……あまりいい匂いに感じないな。嗅覚までおかしくなってるのか?)


 そんなことを考えている間に、料理が机へと並べられていく。


「グラタン、ピザ、パンプキンスープ、クロワッサン、クッペ、ペペロンチーノ、トウモロコシ。皐月の好きな物しかない。私、不服よ」


 美月が片肘をついて、不満げだ。皐月の好きな料理は全て、正直言ってどれも美味しそうには感じない、今は。


「今回のメニューは、皐月様の要望に沿って作らせて頂きました! 味に間違いはございません、是非お食べ下さい!」


 料理長が、自信満々にそう言った。


「わーい! 頂きまーす!」


 皐月の声は、いつも以上に元気に発せられているように感じた。


(僕よりずっと凄いな皐月は……こんなに小さいのに)


「じゃあ、私達も食べましょうか。頂きます」


 母上は、笑顔で手を合わせて食べ始めた。頑張って口角を上げているのが分かる。


「聞いてないし。だったら私だって好きな物作って貰うし……」


 ぶつぶつとそう呟きながら、美月はトウモロコシに手を伸ばした。


「ペペロンチーノに使ってるのはイクチのソースかな……」


 閏は、フォークとスプーンを起用に使って食べている。


(僕も何かを食べなければ……)


 とりあえず、水を飲み干した。

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