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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
四章 与えられた休養
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あの歌声は

―自室 昼―

 僕らはそれなりの距離を、それなりの時間をかけて部屋に戻ってきた。そして部屋で小鳥は、先ほど落としてしまった湯飲みの処理をしていた。そして、僕を見るなり彼女は立ち上がって深々と頭を下げた。


「あ、先ほどは申し訳ございません。かなりびっくりしてしまって、少し時間を置いて考えたら、見間違いのような気がして」

「……どんな風に見えていたんだい?」

「気になる」


 見間違いのような、ではない。絶対に見間違いである。小鳥は、顔を上げて言った。


「えっとですね、その、抱き寄せて口づけを……しようとしてるみたいに見えました」


 少々頬を赤らめて、恥ずかしそうに目を逸らす。


(酷い誤解だ。小鳥の角度から見たら、そんな風に見えていたのか……)


 僕は美月を起こそうと腕を引っ張っていただけだ。そして、顔の位置が少し近くなってしまった時に、その光景を見てしまった為、そのような誤解が生まれてしまったのだ。


「一応言っておく、それは絶対ない。断言する」


 第一、僕らは姉弟であり、お互いをそんな風に見たことはない。そう、たったの一度も。死んでもありえない。しかも、どちらも婚約者がいる。僕に至っては、式が目前に迫っている。


「そうそう、命を奪うことはあっても、唇を奪うことはないわ」


 ないない、と美月は手を横に振る。


「えっ!?」

「あのさぁ……」

「もし、仮に私達が姉弟じゃなかったとしても、巽と口づけ? 気持ち悪い。ありえない。こんな女々しくて……可愛い奴をそんな対象で見れないわ」


(可愛い? 女々しい?)


「美月様、あ、あの……」


 美月はそのまま続ける。


「皆、巽をいいように言うけど、そんなの表面上からでしか見れてないのよ。可哀想なくらい変わってしまったのは表面上だけ。中身は昔から変わってないのにね」

「違う!」


 僕は、美月の胸倉を掴む。


「違う? 何が違うの? 自分でも本当は分かってるんじゃないの、殴りたいんだったら、殴りなさいよ。落としたいんだったら、落としなさいよ、今ならどうぞご勝手に」


(違う違う違う違う……違う違う違う違う違う違う違う、昔とは違う。変わったんだ、可愛くなんてない、弱くなんてない!)


――そうさ、君は変わったんだ、変わったんだったら、力尽くで彼女をねじ伏せることなんて簡単さ。もう弱いままの君じゃない――


「巽、あんたは強がりでしかないの」


――強がりじゃないって、今度こそ力で証明してあげなよ――


「落ち着いて下さい! 二人共!」


――彼女は……邪魔者だ――


 僕は、美月を殴ろうとした。


「瞳の色……黄色」


 しかし、それは出来なかった。

 

「めめり~つ~えよのとら~♪」


 あの独特な歌が聞こえて来たからだ。それは、初めてその独特な歌を聞いた時と同じ、子供の声。その声を発しているのは、小鳥だった。目を瞑り、祈るように手を握って歌っている。

 僕は、苦しくてその場に座り込んだ。心の中に入ってくるような歌、ズキズキと苦しい。

 歌はとまらない。小鳥は歌うのに夢中になってしまっているみたいだ。小鳥をどうにかして貰おうと美月を見ると、美月が僕を睨んでいた。


「失敗、残念」


(嗚呼、そういうことか。あえて僕をイラつかせて、先に手を出させれば、昔と同じみたいに僕を悪者することが出来る。特にそれを誰かが見ていた方がいい。この、先に手を出した方が悪いという風潮のせいで、どれだけ今まで苦労してきたか。わざわざこれをやるってことは、美月は僕にまだ怒ってるんだ。いつもこれを、美月が僕に対して怒ってくる時にやってくる。危なかった……)


 胸を押さえながら、美月の小賢しい作戦にはまりそうになっていたことを理解した。


――これもか……全く、疲れるな――


「小鳥……もう歌うのはやめて……苦しい……」

「あ! 申し訳ございません! 私ったら、つい夢中に!」


 小鳥は歌うのをやめて、僕の所へと駆け寄った。歌が終わった途端、苦しみも頭で響く声も消えた。


「君が歌うこの歌は何なんだ一体……」

「それが、そのよく分からないんです。私は祖母に教えて貰っただけで。でも、練習しても全然駄目で。今回初めて上手く出来たみたいです……」


 歌を歌っている人物が、一人特定出来た。そして、それを自然な形でそれを聞くことが出来た。


「歌術って奴かしら」


 美月が、口を開く。歌術、聞いたことがない。


「はい、それです!」

「それを使いこなせる人物も少なくて、随分前に滅びたって書籍には書いてあったけど、誤りみたいね」

「……美月は知っているのか」

「昔、悪戯の為に。まぁ、それはいいとして、本を漁ってたら、魔術辞典みたいなのが落ちてきたの。その後ろの方に名前と、ちょっとした情報だけね」

「難しいんですよ。本当に。あ、喧嘩はもう駄目ですよ」


(喧嘩か……)


「すまない、大人げなかったね、困らせてしまったようだ」

「……ごめんね」


 美月も淡々とそう言った。


「二人が仲直り出来たらそれでいいです! 昼ご飯、どうしますか?」

「巽、一緒に食べようよ。しんみりしてるあの空気を巽が責任を持ってどうにかして」


(やっぱり、だから嫌なのに。仕方ない。これくらいはどうにかしないとな)


「分かったよ。行くよ」

「恐らくもう準備出来ている時間ですから、参りましょう! あ、また後で部屋の掃除しますね」


 小鳥は、後片付け途中の破片の山を見てそう言った。


「嗚呼、頼んだよ」

「じゃあ、行きましょ」


 僕と美月は、小鳥に連れられて茶の間へと向かった。

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