純粋な嘘つき
―自室 朝―
僕は部屋に入るなり、すぐにテレビをつけた。しかし、音が非常に小さくて聞こえない。慣れない機械の操作に戸惑いながら、何とか音量を調節する。
テレビを見たのは、怖い映画を見たのが最後だったと思う。確か母上がお土産に買ってきた洋画を見たのだ。まさか、こんなことでテレビを再びつけることになるとは。
偶然つけた番組は、料理の特集をしていたのだが、突然神妙な面持ちをした男性の映像へと切り替わる。
「速報です。まず、こちらの映像をご覧下さい」
そう男性が言うと、映像が再び切り替わって一人の女性が映し出された。それは、興津大臣だった。
彼女は、紙を手に持ちながら口を開く。
「え……え……えっと……」
(大丈夫か? 明らかに、緊張しているけど……)
人を見て、こんなにもハラハラしたことはない。
「ほ、本日、午前五時三十二分……にっ! 睦月王女が原因不明の病により急死された事を報告致します! 先週から、えっと、睦月様は体調を崩されており、不安定な状況が続いておりました。このことを睦月様は、公にされることを望みませんでした。その意思を尊重して、公表は避けておりました。また、睦月様専属使用人も同じ様な症状を訴え、体調を崩しておりましたが……先日急死しました。治療の甲斐虚しく、このような事態になってしまったこと、極めて遺憾であります。感染する恐れのある病であること、致死性の高い病であること――」
(僕の言っていないことも、興津大臣が自分で考えて言ったのか? まさか、彼女にそんなこと出来るのか?)
彼女が手に持つ紙。それは先ほど、書記長が記録していた物だろう。書記長が考えて書いた物なのか、興津大臣が自分で考えて言った物なのか。
(でも書記長は、言われたこと以外はやらない人だし。かと言って、興津大臣は言われたことすら中々出来ない感じだし。まぁ、どっちにせよ、こんな風に言えば説得力があるな。でも、こんな一瞬で、公表する話に自分で考えた嘘を付け加えるなんて。嘘つき名人か? 是非、弟子入りしたいね)
「あの巽様!」
色々と考えている間に、お盆を持った小鳥が部屋に入って来ていた。
「え!? あ、すまない。少しテレビを見ていた……」
「あ、速報……」
テレビを見て、小鳥は凄く悲しそうな表情を浮かべている。きっと、食事を取りに行く間に話を聞いたのだろう。
嘘をついて、国民を騙すという点では共犯者だ。しかし、彼女らはそれと同時に被害者だ……僕の嘘の。僕だけが純粋な嘘つきだ。
「……心苦しいとは思う。だが、国の為なんだ」
「分かっています。でも、いつになれば、この罪悪感は消えるのでしょう?」
(罪悪感か……今の僕にはないよ。おかしいのかな、やっぱり。少し前、君についた嘘には確かに感じていたのに)
「その罪悪感が消えてしまった時。もう二度と引き返すことが出来なくなる……」
(そう、僕みたいに)
「だから、その罪悪感は永遠に忘れちゃ駄目だ」
(嗚呼……どの口がこれを言うんだ。なんて説得力がないんだ。なんて滑稽なんだ)
「……はい」
年端も行かぬ少女には、僕が想像する以上に辛いことだろう。死と嘘と付き合って、それを墓場まで持って行くのは。
しかし、それは偽りであることに永遠に気付かぬまま、抱く必要がなかった罪悪感を無理やり背負わされ苦しむ。ここまで考えても、僕には罪悪感は湧かない。
(あの残酷な化け物に相応しい性格になっていくみたいだ。ははは……)
部屋に、重い空気が流れる。僕はそれを打ち消す為に、一度思いっ切り手を叩いた。
「この話はもう終わりだ、それより、朝ご飯食べたいな」
お盆の上にある食事は、本当に久しぶりに美味しそうに思えた。
「あ、冷めてしまいますね。申し訳ございません」
「いやいや、重そうだったから……」
僕は、小鳥から食事を受け取って椅子へと座った。




