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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
四章 与えられた休養
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間違いだらけ

―特別会合室 朝―

 僕が、小鳥に連れられて特別会合室に入ると、僕以外は既に着席していた。その後、すぐ小鳥は深くお辞儀をして部屋の外へと出た。


「来たか。早く座れ」


 父上の低く渋い声が部屋に響く。


「はい」


 僕は、足早に議長席へと座る。議長席から見る景色は、皆の表情がよく見える。つまり、向こうからも僕の表情がよく見えるという事だ。


(一体、皆はどこまで知っているんだ? もし一から説明をしなければならないということになれば……)


 隣に座る書記長が口を開く。


「それでは、今日の会合の内容を説明致します。化け物に睦月様とその専属使用人東を殺害されたこと。侵入を許し、巽様を誘拐されたこと。これらの対応をどう行うか、それについて決定していきたいと――」


(知っている!? つまり藤堂さんが言ったってことか。助かったな。よし)


「もう話し合う必要なんてない」


 僕がそう言うと、皆が一斉にザワザワと騒ぎ始めた。


(うるさいなぁ。思うことがあるなら、僕に直接言ってよ……)


「話し合う必要がないって、どういうこと」


 美月が、その騒めきに割って入るように言った。


「もう僕の中でとっくに決めてたことだから。異論は認めない。睦月は奇病にかかって命を落としたことにする、東も」

「本気で言ってる? 死んでるんだよ、二人も。睦月と東は……あんたを助けようとして死んだ。それなのに、その事実を隠すの?」

「嗚呼、そうだ」


 美月が怒っている。声にも顔にも表れないし。疑問形も何とか語尾を上げてるだけの口調。全然、感情を感じない。だけど、今の僕には分かった。美月が未だかつてないほど怒っていることが。

 いつの間にか、騒めきも凍りついて気付けばなくなっていた。


「誤解しないで欲しい。城内に化け物の侵入を許した。その上、二人の命を奪われた。こんなことがあったら、国民達はどう思う? 睦月の婚約者はどう考える? 警備の甘さを露呈するのと一緒さ。その隙につけ込まれるかもしれない」


 皆の知っている事実と僕の知っている事実は異なる。皆の中では、睦月達は城内で誘拐された僕を助け出そうとして、殺害された。

 だが、事実は睦月と東は国を顧みず駆け落ちをした。僕は、二人をとめようとしたけど、あの現象のせいでどうにもならなかった。

 だから、咄嗟に嘘をついた。そして、睦月と戦った時に出来た傷を、皆に誤魔化す為に化け物のせいにした。そうしたら、実際に化け物が城内に侵入していた。

 でも、もしかしたら、それは僕なのかもしれない。


「あの! さっきから黙って聞いてたら何なんですか!?」


 少し離れた距離の場所から、力強く机を叩く音と声が聞こえた。その声は、興津大臣と似ていて驚いた。だが、声の主を見てその驚きも消えた。

 声の主は、興津大臣と従姉妹の朝比奈産業大臣だった。彼女は立ち上がり、両手を机の上に置いて威圧的に僕を睨んでいる。

 興津大臣とは対照的な人物で、行動力もある。曲がったことが嫌いな人間だ。今まで、彼女が何も言ってこないのは不思議だったが堪えていたのだろう。一方の興津大臣は、ビクビクと朝比奈大臣を見ている。


「そんな嘘……誰の為にもなりません! 事実を国民に伝えるべきです!」


(事実を国民に……? その事実は既に嘘なのに?)


 思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんですか!?」

「ハハハハ……朝比奈大臣は何か勘違いをされているみたいだ」

「は? 勘違い?」

「僕は誰の為でもなく、国の為に嘘をつくんだ。それに国の信頼がなくなれば、どうなってしまうか。他国の様子を、今まで沢山見てきたでしょう。それに加えて、今回は、向こうの婚約者のことも考えなければならない。睦月を防げた可能性のある出来事で失ったら、あの人は何をしてくるだろうか。彼の睦月への溺愛っぷりは見てきただろう? 最悪、戦争に成りかねない。そうなれば、あの兵力の前に僕らは屈するしかなくなる。国民も、国を失う。国民達は一からやり直しだ」

「……っ! もう何もありません」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼女は席に着いた。


「……他に、何か言いたいことがある者は?」


 書記長がそう問いかけても、周囲からは、何もなかった。ただ、母上のすすり泣く声だけが聞こえた。


「このことを、使用人達にも伝えるように。もし、納得出来ない者がいるなら、僕の所へ連れて来い。後、僕のことは何もなかったようにするんだ。伝えるのは、二人のことだけだ。興津諜報管理大臣。情報が漏れないよう徹底しろ、絶対にだ」

「はっ……はい!」


(不安だな。最悪漏れたら、手段は選んでられないかな……)


「では、後ほど、睦月様の病死とその専属使用人の病死を公表します。巽様の件は、一切何も言わないということで。葬儀はどう致しましょう?」

「この国のしきたり通り、家族だけで行う体にする」

「承知致しました」


(良かった、まだ二人が正式な家族となる前で。遺体もないのに、誤魔化しきれないだろうしね。向こうの家族の基準は、一緒に同棲すること。葬儀のやり方は、こちらと同じだったよな。さらに、向こうでは宗教上そうなっていた筈だ。宗教には厳格な国だから、流石にそこまでは色々言って来ないだろう。理解をさせるまで時間はかかりそうだが……)


「では、これにて会議を終了する。解散」


 凍りついたこの場も、僕の言葉の後、ゆっくりと騒めきを取り戻す。


(皆、何を考えているんだろうね。別に、どうでもいいけど)


 僕は議長席を立って、父上の所へと向かった。


「父上、前言っていたお話は――」

「もう良い」


 それだけ言って、僕なんかには目もくれず、足早に部屋から出て行ってしまった。


(いつになれば、僕は認めて貰えるんだろうね。父上だったら、この状況をどうしたのかな……)


 僕は、僕なりに必死に頑張ったつもりだった。それでも、父上の納得の行く結果にはならなかったようだ。


「お兄ちゃん」


 小さな可愛らしい声が聞こえた。下を向くと、閏がいた。


「どうした?」

「嘘がバレたらどうするの?」


(ゴンザレスが来てから、突然何かに目覚めたように喋るようになったな……)


 僕は閏の目線に合うようにしゃがみ込んで、口角を上げる。


「バレるってことは誰かがバラすってことだ。その人は、国のことを考えない無責任な人だ。そんな人は、国を混乱させた悪人だから、逮捕だ。僕は間違ってるかもしれないけど、その人も間違ってる」


「むせきにん……たいほ……こんらん……難しいね、後で辞書でゴンザレスに調べて貰う!」


 そう言うと、子供のように無邪気に部屋から出て行った。


(楽しそうで羨ましいな。僕も閏の立場が良かったよ……)


「兄様、皐月は、国がなくなるの嫌! だから、嘘守るから! 絶対! じゃあね!」


 皐月は特別会合室の扉の前で、大きな声で僕に向かってそう叫んだ後、部屋から出て行った。


「巽……」


 横から、美月に支えられながら母上が現れる。


「母上、大丈夫ですか……?」

「えぇ、しばらく現実を受けとめることが出来ないかもしれないわ。情けないわね。巽はこんなにも心を鬼にして頑張っているのに、ごめんなさい……」


 母上はふらつき、部屋の外からは使用人達に支えられながら部屋を後にした。


(心を鬼? 別にそんなことないんだけど……だって、これは普通のことでしょ?)


 そして、美月が母上を見送った後、こちらへ再び向かって来た。


「巽」


 美月は、じっと僕を見つめる。


「何?」

「……何でもない」


 何か言いたそうに口を動かしていたが、いい言葉が見当たらなかったのだろう。


「そう、じゃあ、僕行くから」

「うん」


 僕は、美月の横を通って廊下へと出た。


(テレビでも見ようかな。どんな感じになっているのか、気になるし)


 そう考えていると、小鳥が現れた。僕が来るのを待っていたのか。


「朝ご飯。茶の間で食べますか? それとも――」

「自室で食べるよ、風邪まだ完全には治ってないと思うから」


 なんて建前だ。本当は気まずくて、父上が怖いから、一人で食べたいのだ。風邪は治っていると自覚する。


「承知致しました。それでは、準備致しますので、お部屋でお待ち下さい!」


 小鳥はニコッと笑って、茶の間のある方向へと向かって行った。


(栄養的な食事をそろそろ取らないとってことか、残念だな。折角なら彼女の作った物を食べてみたかったな……もう一度)

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