二人の決意
―茶の間 昼―
目の前に並べられた大量のご馳走。美月が箸を持ったことで、僕の右手はようやく解放された。まだ、美月の手が食い込んできた時の痛みが残っている。
「美月、あそこの海老が踊ってるよ。踊る海老なんて初めて見た」
「あぁ、命乞いで踊っているんだって」
「……これを見る為の生なのかな」
「生じゃないと味が落ちるんだって、これで脂が乗るみたいよ」
「どうしてそんなに知ってるの?」
「海の向こうに興味があるから……それだけよ」
そう言うと、美月は踊る海老を手に取った。海老は握られた手の中で暴れ始める。それを見ていると、心が締めつけられるような気分になった。
(弱肉強食……ごめん、海老)
美月は海老を握り締めたまま、何かを探して周囲をキョロキョロと顔を動かしている。海老の暴れる力が徐々に小さくなっていく。
僕の手を握っていた時みたいに、相当な力が海老にかかっているのだと推測する。
「可哀想に」
「何? 何か言った?」
「いや、何も言ってないよ。さて、僕も食べよう。あーあの魚美味しい奴だ~食べよう」
僕は焼き魚を皿に入れる。この魚が何なのか、僕は知らないけれど美味しいので大好きだ。出来れば、これを朝に出して欲しい。
「貴方、この野菜美味しいわよ」
「……なら、お前が食べればいい」
「駄目よ。まったく……私が言わないと食べようとしないんだから。好き嫌いしないで、野菜もちゃんと食べて」
(え!? 父上が……野菜嫌い!?)
母上と父上の会話から、思わず手がとまってしまった。今世紀最大の衝撃を受けたかもしれない。まさか、あの父上にも欠けている部分があったというのか。
「……フフ」
僕は本当に何も知らないのだ。そう、父親の本当の姿さえ。そう思うと、笑いが零れ落ちた。幸い、笑ったことは誰にも気づかれなかったようだ。
(皆で食べるのは楽しいな。それに、いつも以上に美味しい……)
僕は、閏の席に目をやる。
(早く目覚めてくれ……閏の話も聞きたいよ)
閏は、ほとんど言葉を発することはなかった。だから、閏がどんな思いを抱いて、どんなことに興味を持っていたのか、それすらも分からなかった。そう、ゴンザレスが来るまでは。
あれから、閏は今までのことが嘘のように声を発するようになった。平均で見れば、発した言葉の数は少ない方だが。
(もっと色々ね)
僕は向かいの窓から、空を見る。睦月もこの空を、東と一緒に見ているだろう。多分、何か食べながら。
(僕も睦月みたいに、多少強引にでも自分の願いを叶えるようにしないとね。だから、嫌いなことにも挑戦するんだ。もう逃げない)
そう、静かに決意した。自分の為にも、これからの国の為にも、そして巻き込んだ全ての人々に報いる為にも――。
***
―ゴンザレス 謎の部屋 昼―
「――小鳥のことを何で何も教えてくれねぇんだよ……だったら、何でここに俺を呼んだんだよ!?」
俺は、座布団の上に座る目の前の婆さんに怒りをぶつける。この人は、小鳥の婆さんだ。
そして、神の声を聞いてそれに従い続けるだけの神子。この部屋には、神子が呼ばない限り誰があっても来ることは出来ない。つまり、呼ばれたから俺はここにいる。
「何度言われようとも、わしも神に言われたことしか知らぬのよ。わしは自由に行動出来ぬ、それがわしの宿命じゃ。さて、そろそろ話をしてもいいかの?」
婆さんは目を瞑ったまま、怯むことなく言う。それが、余計俺の怒りを増長させていることも気付かずに。
「……クソっ」
婆さんは余計なこと、神から言われたこと以外言わない。それは今までのことで、よく分かっている。孫のことでさえ、神が言われなければ口に出すこともない。
「其方は、我々に協力しなくてはならない。この世界をより面白くする為の材料として。我々は期待している。期待に沿ってくれれば、其方の望む……答えを教えよう、とな」
「それは本当か……?」
「嗚呼、そう仰っている。神は嘘をつかぬ。それはわしが保証しよう」
「……何をやればいい? どうすれば期待に沿える? 何だってやる……どうしても納得がいかないんだ。巽は何か隠してる。追放された元神様は眠ってて頼りにならない。なら、俺は俺の手で全てを解決する。だから、何をどう期待しているのか全て俺に教えてくれ……全部やるから」
材料でもゴミでも何でもいい。小鳥の行方を知れるなら。




