少女に与えられた道
―自室 夜―
無理矢理進める手、思ってもない言葉で埋められていく空白の行。
(結びの挨拶を書いて……よし、完璧だ)
僕は、んーっと伸びをして息を吐いた。そして、椅子にもたれかかる。綺麗ごとにお世辞、それを並べてなんとか書き終えた。
コンコンと再び扉を叩く音がした。でも、今度は違う人物だ。この時間だから夕食だろう。
(ちょうど良く終わったみたいだ。一時は徹夜しなければと思ったよ)
「巽様。お夕食の準備が出来ました」
「嗚呼、今行く」
僕は、手紙を封筒に入れて部屋から出る。僕を見ると、着物姿の少女は礼をした。着物を着ている使用人、ということはまだ見習い。
(僕がまだ小さかった頃は皆、着物だったっけ。色んな文化が取り入れられてからは、正式な使用人の服としては着られなくなってしまったけど、ちゃんと着ている人がいるっていうのは大事なことだ。文化と文化の両立、流石父上だ)
「どうかされましたか?」
着物をじっと見ていたのを気付かれたようで、少女は首を傾げた。
「あ、いや、綺麗な着物だと思ってね」
僕がそう言うと少女は、嬉しそうに小さく飛び上がった。
「ありがとうございます! 母からの贈り物なんです! これを着て頑張りなさいって!」
「ふふ、素晴らしいお母さんだ」
「はい! 将来は母のように立派な使用人になりたいです!」
僕には、この少女がとてつもなく眩しく見える。決められた道を進むはずなのに、それを苦にすることなく受け入れて前向きに捉えている。
僕がこれくらいの歳の時は、決められた将来に怯え、不安で押し潰されそうだったというのに。この国には職業の選択という自由はない。だから、なりたくなくてもなるしかないのだ。
「なれるさ、君なら。応援する」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります! あ! その封筒……」
少女は、ハッとした表情を浮かべる。僕の手にあった封筒に気付いたらしい。
「この手紙は、僕が出すから問題ないよ。それよりいい匂いだ。今日のご飯はなんだい?」
「はい! 今日の主菜は、西洋より輸入した牛のステーキと最高級のクラーケンを使用したお刺身です!」
(相変わらず凄い組み合わせだ。作りたいものを作るって感じだな。彼は)
「フフ、楽しみだ」
「はい! では、参りましょう!」
少女が茶の間へと向かう為、僕を先導するように前を歩く。
(茶の間って言っても、もうすっかり洋な感じだけど)
僕の部屋と茶の間は比較的近い位置にある。だから案内されなくても当然分かるが、それもまた使用人の仕事なのだから仕方ない。
「皆さん御揃いです! それでは良い時を!」
少女は、深くお辞儀をすると、まだ何か仕事があるのか急いでどこかへ行ってしまった。
(大変だな。あんなに幼いのに)
そして、部屋を覗くと皆が談笑をしていた。
(よし、行こう)
僕は持っていた手紙を懐へと忍ばせ、家族のいる茶の間へと向かった。