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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
三十三章 嘘を重ねて
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忘れられぬ味

―自室 朝―

「はっ!」


 気が付くと、僕は自室の椅子に座っていた。


「あ、あれ……?」

「お、おはようございます。巽様、お疲れだったのですね。あの、ご要望通りお味噌汁を作ったのですが……」


 横からお盆を持った小鳥が現れる。そこには味噌汁が入っているお椀だけでなく、様々な料理が乗っていた。

 相変わらず、朝に食べるべき料理ではないように見える。朝から揚げ物なんて食べていられない。美味しそうな匂いがするのは間違いないが。


(寝てたのか? いつの間に? 御霊村で馬に乗ってからの記憶がない……)


「巽様?」

「え? あ、あぁ……すまない。寝起きで頭が回ってなくて、折角、作って貰ったのに待たせてしまったみたいだね」

「大丈夫ですよ、しっかり温めておきましたから」


 小鳥は待っていたということと、僕が眠っていたということを否定しなかった。どうやら、僕が結構な時間眠っていたのは間違いないようだ。


「ありがとう」


 小鳥はお盆を机の上に置いた。今日の献立は、ご飯と味噌汁とから揚げと野菜炒めと目玉焼きと羊羹だ。

 少し前まではこの匂いですら、体が拒絶してしまっていた。この匂いを嗅いで、美味しそうだと感じたのはいつぶりだろう。


「いただきます」


 そう言って手を合わせた後、僕は箸とお椀を手に持った。


「早速、頂くよ。とても美味しそうだ」

「ありがとうございます……」


 先ほどから思っていたことだが、小鳥の声に元気がない。また、僕が同じようなことをするのではないかという恐怖に怯えているのだろう。


(本当、僕は最低な奴だよ。あの時の味噌汁も、今思えばとても美味しそうだった)


 過去のことをどうこう思っても仕方ないが、あの時、僕が大人な対応を出来ていればと思う。影響を受けていたとはいえ、自我ははっきりとあったのだ。僕の意思が弱かったから、あんなことをしてしまったのだ。僕の為を思って作ってくれたのに、過去を振り返れば振り返るほど恥ずかしくなる。

 その恥ずかしさを飲み込むように、僕は汁を口へと運ぶ。汁を入れた瞬間、口全体に味噌の旨味が広がっていく。体だけじゃなくて、心から温まっていく気分だ。


(なんて美味しい……かつて、小鳥の母の小町が作ってくれた味噌汁と全く同じだ。初めて味わった母の味。凄いなぁ)


 懐かしさで心がいっぱいだ。全て飲み干してしまいたいが、全て飲み干してしまうのは勿体ない、そんな葛藤に駆られてしまう味噌汁だ。

 僕は、これからもその先も本当の母の味を楽しむことは出来ない。今の母上も、料理を作ったことはない。僕らには、料理を作ってくれる専属の人達がいるからだ。


「巽様……?」

「美味しいよ、とても。昔食べたことのある味と一緒で……懐かしい。ありがとう、作ってくれて。本当に……」


 大人としては情けないくらいに涙が零れ落ちる。


「前は本当にすまないことをした。本当に……」


 そして、今この瞬間、御霊山で大人の小鳥に頼まれたことは果たした。こんなにも可愛らしい願いで、僕の罪は軽くなってしまうらしい。味噌汁を全て飲み干した後、あの時の情景が浮かんだ。


『せめて――――私の作った味噌汁をもう一度食べて欲しいです。結構、傷付いたんですよ。それが私の願いです』


 そう言って満面の笑みを浮かべ、彼女は消えた。最期まで彼女は笑顔だった。

 そして、目の前にいる子供の小鳥も優しい笑みを浮かべていた。

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