取り戻した感覚と失った感覚
―中庭 朝―
「っ!?」
「きゃぁっ!?」
僕が中庭と到着したと同時に、小さい悲鳴が聞こえた。
「た、巽様!? どうして……」
その悲鳴を上げたのは、小鳥だった。目の前に突然現れた僕に驚いたのだろう、無理もない。本当の所を言うと、僕も驚いている。
別に城に戻ろうとした訳ではないのだ。武者達を待たせている宿屋に戻りたかった。こっそり山口村まで行ってしまった、そろそろ不信感を抱いている可能性がある。
城に戻ってしまったのは、心に大人の小鳥から頼まれたことが、はっきりと刻まれてしまったことが影響しているのかもしれない。
(瞬間移動をする時は、しっかりと場所を考えないといけないな。というか……)
「あ、いや……アハハ」
今、こうやって小鳥と何の問題もなく話せているということに驚いた。瞬間移動をしたら、体にそれなりに負担が伴う。今までもそうだった。
何時間休んでも、呼吸が整わなかったりしたこともある。それなのに、僕は何ら問題なく小鳥の前に立ち、話をすることが出来ている。
「す、すみません。食事の準備があるので……」
(ん?)
小鳥の様子がおかしいと感じた。驚いた後は、かなり気まずそうな様子だ。僕と視線を合わせようともしない。そういえば、小鳥と面と向かって話すのはいつぶりだろう。
「食事……ねぇ、良かったらでいいんだけど」
あの時、僕は小鳥を傷付けた。どうしてあんなことをしてしまったのかは分からない。
そして、並行世界でも僕は同じことをしてしまったようだった。
「え?」
小鳥はすっかり怯え切った目を、僕に向ける。幼い彼女の心を深く傷付けてしまったこと、信頼を揺らがせてしまったこと、全て許されざる行為だ。僕はそのせめてもの償いとして、あることを小鳥に頼みたかったのだ。
僕は小鳥の目線に合わせるようにして、しゃがみ込む。小鳥が一歩だけ、後退りしたのが分かる。僕は、小鳥の中で完全に恐怖の対象になったみたいだ。これ以上の恐怖を与えてしまわぬよう、なるべく優しい口調で言った。
「僕に――――」
***
―御霊村宿屋 朝―
亜樹が料理を作る音、そして料理のいい匂いが玄関からも感じられる。いつの間にやら、匂いの感覚は元に戻っていた。
(お腹が空いたな)
一か八か、心臓にかかる負担を覚悟して再び僕は瞬間移動を使用した。が、そんな心配は杞憂に終わった。動悸も息切れも眩暈も起こらない。
山口村から城へ、城から御霊村へ、それなりに移動をした。流石に限界ではないかと思ったが、僕の体はこのように問題なく生命活動を続けている。
(これも……融合したお陰か。とんでもないな)
そんなことを考えながら、僕は宿屋を出た。
「あ!」
武者達が宿屋の前で待ち構えていて、僕を見るなり声を上げた。やはり、少し待ちくたびれていたみたいだ。
「ごめんごめん、少し話が長引いちゃって。帰ろう」
「はっ!」
早く帰って、自室に戻ろう。そこでやっと僕は、小鳥に対して初めての償いが出来るのだから。