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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
三十三章 嘘を重ねて
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口裏合わせ

―ゴンザレス 美月の部屋 朝―

「――また、私に嘘をつけと言うの」

「巽の部屋で話した通りだよ。頼む」


 俺は美月と二人、ある話をしていた。美月は椅子に座って脚を組み、俺は女装でその前の床で正座させられている。


「……嘘が結局あの子を苦しめたのよ。誰の為にもならなかった。嘘なんて、ただ虚しいだけ。優しい嘘なんてない。全部エゴよ。嘘は自分も相手も苦しめる。それが分かって言ってる? この嘘は、墓場まで持って行かなきゃならない。ずっと苦しむことになるのよ。それを背負えって言うのね」

「嗚呼、そうなる」

「もし、あの会話をあの子が聞いていたら?」

「聞いてたら、アホみたいに動揺してるだろ。あいつが嘘が下手なんだ。愛想笑いしか出来ない」

「……その嘘は何の為になるの?」

「今この時とその先、かな。もう世界は動き出してる。前に進むしかねぇんだ」


 巽にある嘘をつくかつかないか、そんな話。俺は嘘を肯定し、美月は嘘を否定している。巽の部屋である程度会話をしたのだが……そこで俺はこんな格好をする羽目になったのに、まだ納得していないらしい。


「前に進む? へぇ、ゴンザレス、あんたからそんな言葉が出るとは。あんたが前に進むような人間には見えないけど」


 美月は、脚を組みなおす。


「は?」

「私ね、こう感情を表現出来ない分、皆から学ぼうとするのに必死なの。だから、人より感情が汲み取るのが得意なのかも。だからね、ゴンザレスがここに来た時からずっと思ってたことがある。あんた……色々誤魔化す為の、そのテンションなんじゃない?」

「ハハ、何を言ってんだ? 馬鹿じゃねぇの? 誤魔化す? 何をだよ」

「ほら、そうやって誤魔化した。あんたのその笑顔は笑っていない、ずっとね。あんたの目からは後悔が伝わってくる」


 美月は冷たい眼差しを、俺に振りかける。俺を全て透視するかのような目、今のこの状況も相まって完全に蔑まれているように感じる。


「後悔……人間、一つや二つの後悔あるだろ。それに、俺は昔からこういう人間だ」

「昔から? 本当にそうかしら……私にはあんたが仮面を使い分けている人間に見えるけれど。でも、その仮面では目だけが隠れていない。簡単に言えば、超嘘つき人間」

「それとこれとは関係ねぇだろ? 今は巽に、嘘をつくかつかないかって話だ!」


 俺も負けじと、美月を睨みつける。今の俺の話はどうでもいいのに。こんな話をしている間に、巽が戻って来たらどうするつもりなのか。

 美月を見ただけであのテンションだ。多分、あいつは戻ればすぐに美月探しに走るだろう。


「私が巽が嘘をついていたことも知らないし、獣になることも知らない。そして、あの目は生まれつきの物だったし、それは特異なものでもない。それを隠した所で何になるのよ」

「この世界で世界の常識の影響を受けなかったのは、巽と同じ異質な物を混ぜられた者達と元々この世界の住人じゃない奴。でも、そのことを巽には伝えねぇ」

「いいの? もし、異質な誰かが悪意もなく常識外のことを言ったとしたら?」

「それは……」


 その可能性もゼロではない。俺も知っているだけで、異質な存在は数人いる。これを龍の加護と言うらしい。龍は一種の独立した存在、また世界のイレギュラー、神の対抗者。本にはそう記してあった。

 この嘘は脆い物の上に置かれる。その脆い物を壊すのは、イレギュラーな者達だろう。そのことを、美月は危惧しているのかもしれない。


「はぁ、いいわ。もう疲れた」

 

 美月は立ち上がる。その独特の口調から、諦めというのが伝わってくる。もうどうしようもないと、救いようがないと。


「こんな脆い嘘、下手をやればバレる。その時の代償は、絶対に大きい」

「心配性だなぁ。俺は手当たり次第に根回しをする。それまでは帰れない」

「あぁ、そう」

「それに、嘘はバレなきゃ嘘じゃねぇ。そうだろ?」

「でも、私にはバレてたわ。あんたの嘘」

「大勢にバレなきゃいい。フフ……」


 気付いたらずっと、昔からずっと俺は嘘をつき続けていた。まずは性格、本来の自分を否定してまで嘘をついた。

 次は、ここに来てからの気持ちに嘘をつき続けた。嫉妬深い本来の俺を隠し、冷静になって現実を見て苦しかった気持ちを隠し、異世界への恐怖を隠し、責任の重さへの不安を隠した。


 俺はとっくに壊れていたのかもしれない。いや、壊れていたからこそ自身を否定することに何の躊躇いも覚えなかったのかもしれない。最近では、自身の気持ちがすっかり分からなくなった。 

 例えば、嬉しいと思った時、突然第三者の自分が現れる。そして、その嬉しい場面を冷静に見つめている。心の奥底で、本当に嬉しいのかと水を差す。きっとそれは、大勢を騙し自分まで騙した罰だろう。


「巽が嘘をつき続けたのは、大勢に知られることを恐れていたから。いい? 言ったからには、絶対に守るの。あんたが言ったのよ。分かってる?」

「てか、あの時の段階でゲームもしてないのに、罰ゲームで女装までしたんだ。もうそれで受け入れて欲しかったよ」


 正座で、しかも女装している俺の格好はあまりにも無様だ。


(嗚呼……何か悲しい)

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