嘘の理由
―御霊村裏山 朝―
小鳥は、恥ずかしそうに頬を赤らめる。だが、撫でる僕の手を拒むような素振りは一切見せず、寧ろそれを受け入れているようだった。
「こうやって撫でて頂いたのは、本当にいつ振りでしょうか……」
そう言った彼女の目には、涙が浮かんでいた。
「え、どうして泣いているんだい?」
僕はどうすべきなのか分からず、小鳥の頭の上に手を置いたまま硬直してしまう。
「嬉しくて……すみません。出来れば、最期までこのままでいて欲しいのですが……よろしいでしょうか?」
「ん? 嗚呼、構わないよ」
(話が終わるまで……ってことかな? 別に小鳥がそれで満足するなら、安いものだ)
「あの一つ伺ってよろしいでしょうか?」
「構わないけど、どうしたの?」
「先ほどの、ゴンザレスとの会話が聞こえてしまっていたのですが……」
「まぁ、聞こえるよね。あれだけ大声で色々言ってたら」
(ゴンザレスの声は、基本的にやたらでかいからな……ヒソヒソ話とか苦手そうだ)
「その……ゴンザレスと昔会ったことを覚えていないという会話が聞こえていたのですが……」
「まさか、覚えて――」
「ます。忘れてたことなんて一度もない。忘れるはずもありません。しっかりと覚えています。あの衝撃を忘れたことなんて一度も……」
「なら、どうしてゴンザレスにそのことを隠してるんだ?」
わざわざ隠すことでもないだろう。その嘘はゴンザレスを傷付けた。小鳥なら、それを理解出来ないはずがない。
「ゴンザレスに深入りしてしまいたくなかったから……距離感を保っておきたかったからです。ですが、いつの間にか別れが惜しくなってしまうほど親交を深めてしまいました。最初に覚えていないフリをしてしまった以上、今更嘘を訂正するのも気が引けて……ゴンザレスにあんな思いを」
小鳥は目を伏せて、ついに涙を流す。
「どうして、最初は距離感を保っておきたいと思っていたんだい?」
「誰かと異世界へと旅立つ時、私だけいつも最初は違う世界に飛ばされるんです。決まって、それは誰かの過去。私はそこにいる誰かを救わないといけないんです。そして、救ったその人は、上手く世界を救えなかった時の新たな相棒として私がまたこの世界に連れて来る……つまり、保険ということです」
「そうか! だからあの時、ゴンザレスだけしかいなかったのか。つまり、あの時君は他の世界の誰かを救いに行っていたんだね? その保険を用意する為に。今回も上手くいかないという可能性は十分あった訳だ」
しかし、ゴンザレスだけでなく、この世界にも興津大臣という協力者が出来て、僕も国も皆も世界を救うことが出来た。保険を使うことはなくなったということ、その保険をかけられた人物はただ助けて貰っただけということになる。
「……この事実は彼を傷付けてしまうと思ったんです。どうして助けたのか、とか色々聞かれてしまったらと思うと……言えなかったんです」
救わなければ協力者を仰げない。だから、救ったまでの話。あの異世界へと繋がる開かずの扉が案内しなければ、ゴンザレスは救われることもなかった。小鳥が救いたくて救った訳ではない。ただ、協力者として選んだのが開かずの扉だったまでだ。
もし、それを知ればゴンザレスは少なからず傷付くはずだ。自身の代わりは、もう既に用意されていたのだと。
「嗚呼、そうだね。これから先も言わない方がいい」
「言えませんよ……フフ」
小鳥の言葉に僕は妙に引っかかりを覚えた。ただ、それが何なのか分からぬまま……時は進む。
「あぁ、あの巽様にどうしても伝えておきたいことがあるんです。この世界全ての仕組みについてと、巽様のこれからのことについて。よろしいでしょうか」
「それは凄く気になるな。是非聞きたい」