超えられぬ壁
―宿屋 朝―
そして、ゴンザレスは語り始めた。
「俺は……お前と同じように、フフッ、名門宝生家の長男として生まれた。思えば、これが運の尽きだったのかもしれねぇ。俺を生んだ代償に、母さんは死んだ。そのことを俺は知って、俺が母さんに出来ることは何だろうかって、幼いながらにずっと考えてた。残念ながら俺には、亡くなった母さんの声を聞く力も方法もなかったからな。勝手な恩返しを考えるしかなかったんだ。そして、俺は一つの答えを導き出した。それは、母さんの愛した男みたいに……いや、それ以上になってやるって答えだ」
「それってつまり……父上を超えるってことか」
「そうなるな」
幼い頃からそんなことを考えるなんて大したものだと、少しだけ尊敬した。僕が父上のうになりたいと思ったのは、そんな大した理由ではない。それに、超えようだなんて考えてもみなかった。
父上のように強くなれば、皆に褒めて貰えると思った。また、強くなれば好き勝手出来ると思っていた。どちらも不純な動機。これは言わないでおこう。
「それで? 超えられたの?」
「超えられてたら、あんなことにはなってねぇよ。父さんは天才だった。俺とは全てが違ってた。元々持っている力だけで、全てこなせてた。会社の経営も上手くいって、富をさらに築いた。それに新たな事業の展開も、絵に描いたように上手くいってた。あと、テレビにもよく出てたな……ああいう所では話す力があって、引っ張りだこだった。講演であっちこっち行ったり、書いた本は軒並みベストセラー……とにかく、人を引き寄せるカリスマ性のあるのが父さんだったんだ。俺が成長するにつれて、その事の大きさを知った。俺は、こんな人の跡を継がないといけねぇのかって」
所々、理解不能な言葉もあったが、とにかくゴンザレスの世界の父上も凄い人のようだ。
「お前も同じことを思ってたんだな、父上の跡を継ぐのは……かなりしんどかったよ。何なら、今もね。夢は現実は違う。期待が大き過ぎてさ……天才だったら、こうはならなかったのかな」
「実際に継いだお前はすげぇよ……褒めるのはしゃくだが。俺は、それから逃げたんだ。期待に押し潰されて……限界だった。人気者になったまでは良かった。そこから先が何も分からなかった。真似事じゃあ、意味なんてなかったんだ。俺の手にあったものは、全て空虚だった」
ゴンザレスは両手を机の上に置いて、ジッとそれを見つめる。
「そんな中で俺をさらに追い詰めることが起こった。大学に入学してすぐだったかな、まるで父さんみたいな奴が目の前に現れたんだ。そいつは純粋で無邪気で真っ直ぐで、人柄で自然と人引き寄せるタイプの人間だった。俺が努力して得た物を、あいつは床に落ちてた物を拾うように手にしていった。しかも、同い年で男、単純に言うと俺は嫉妬した。気持ち悪いくらいにな」
ゴンザレスの言う「あいつ」とは一体誰なのだろうか。純粋で無邪気で真っ直ぐで、人柄も良く自然と人を引き寄せる同い年の男性なんて僕の周りにいただろうか。
(誰だ……いや、いないな。皆屈折してる。まだ、出会ったことのない人か、余程関わりのない人か)
「こっちの世界で言えば誰だ? みたいな顔してるが、残念ながらこの国には間違いなくいない。何故なら、俺は留学してたからだ。良かったなぁ」
ゴンザレスは悲しそうに笑った。