オッドアイの王様
―宿屋 朝―
恐ろしいほどに静まり返った部屋に、響くのはゴンザレスの呼吸音だけ。こんなにも衝撃的な言葉を告げておいて、よく呑気な顔をして僕の前にいるものだ。
僕は驚きのあまり、呼吸という生命維持活動をすっかり忘れてしまったのに。
「無反応はやめてくれよ」
この静寂に耐えきれなくなったのか、ゴンザレスは半笑いを浮かべて僕にそう話しかけた。
「……死、死んで……」
それによって、破壊された空気。僕は、やっと呼吸を思い出した。ついで思い出したのが、問いかけに答えるということだ。
「簡潔に言ったらな? そんなに動揺するなよ」
「意味が分からない! 死んでるって言われて動揺しない奴がいるものか!」
「落ち着けって……」
「まさか、僕がここに戻ってくる時に何かしら失敗を……」
「違う違う。大成功だって!」
気が付けば、僕は机に乗りかかってゴンザレスに迫っていた。
「じゃあ、僕が死んだって……どういう意味だよ! もっと詳しく言えよ!」
「い、今から言うって……だから、ちゃんと座れよ」
困惑した表情を、ゴンザレスを浮かべた。
「分かった……ちゃんと説明して貰うぞ」
僕は、再び座布団に腰を下ろす。
「ったく、簡潔にって言ったのに」
ゴンザレスは、やれやれと首を振って呆れていた。
「いいからさっさと説明しろ」
「は~分かったって。ゴホン、お前が死んだって言うのはな。お前が化け物と融合したことで、お前という純正な存在が死んだってことだ」
「じゃ、じゃあ僕は今一体……」
(あの光り輝く空間で見たあの光景は現実と繋がって……そういうことだったのか。夢じゃなかったんだね)
「宝生 巽・改! みたいな?」
「改造したみたいな言い方やめてくれよ」
「じゃあ、新・宝生巽」
「……ふざけるなよ」
「だって他の言い方が分かんねーんだもん。今のお前は、化け物という元々色々混ざった存在と、完全に混ざった訳だからさぁ」
「それによって、何かあるのか?」
「何があるとかは……俺には分かんねぇな! ま、それは後で小鳥に聞いてくれ」
僕という存在は、純粋ではなくなってしまったらしい。沢山の存在が混ざり合って、また新しい僕を形成したと言っていいのだろうか。記憶や意識はしっかりとしているから、困ったことではないが。
「あ、そうそうお前……気付いてるか。今のお前の見た目がどうなってるのか」
ゴンザレスは、懐から鏡を取り出して僕に見せた。
「そんな……何で!?」
また、呼吸をするのを忘れてしまいそうになった。それは、何とか食いとめたが。それくらい、驚愕の爆弾が僕に再び撃ち込まれたのだ。
「見事なオッドアイだな」
「は? 何?」
僕の目は、右目だけ黄色のままだった。彼に体を奪われてしまう前は、両目だったが。
しかし、何故片目だけこのままになってしまったのだろう。
「厨二チックでかっけーよ?」
「さっきから何を言ってるんだよ! これは……どうすれば」
「案ずるな。お前の目を見て、他の誰かが騒いだりしたか?」
慌てる僕とは対照的に、ゴンザレスは座布団にゆったりと座っていて冷静だった。
「いや……してないけど」
「そ、お前の化け物としての力は継続してる」
「でも、お前みたいな奴には効いていない! 皐月とかに見られてしまったら……」
「それも問題ないな。お前の嘘は真実になった」
「はぁ?」
「お前は、最初からその目だったってことに世界の常識が変わった。それは、この世界の修正作用。壊れてしまわないように、世界がこの世界を守る為に。今回は、それが上手くいったと言える。小鳥から聞いたんだ……たまに上手くいかなくて、世界そのものが壊れてしまうこともあるって。あと、こっちでは上手くいっても、どこか知らないもう一つの世界でこっちの修正作用が影響して壊れてしまうこともある。それが大丈夫かどうかは……保証出来ないが」
僕は混乱していた。先ほどから、訳の分からない言葉がゴンザレスから続いている。理解しようと頭を回しても、さっぱりだ。
「その顔だと駄目そうだな。ま、馬鹿だから仕方ないな。糞ほど簡単に言うとだな……常識壊れた、他の並行世界とか異世界巻き込んだかもしんね。ま、こっちの世界何ともないからいいか! って話。元々、この世界を救う為だけのことだったんだから」
「……待て。もし、それでお前の世界が壊れてしまっていたとしたら……」
それは、ゴンザレスの住んでいた元々の世界も含まれるはずだ。あの僕が吹き飛ばした異世界へと繋がる開かずの扉、そこから来たのだから。
「さぁ、な。帰ってみねぇと分かんね。別に……壊れててもいいけどな。最近、ますます思うようになってきたんだ。俺に帰った所で居場所はないって。というか、帰れるかどうかも分かんねぇ。お前があの扉を吹き飛ばした時、死ぬほど焦ったけど……今思えば、そんな焦ることでもないかなって」
ゴンザレスは笑っていた。だが、その目は笑っていなかった。悲しさと悔しさ、虚しさと儚さだけが伝わってくる。
普通に考えて、元いた世界に帰りたくないなんて余程のことがないと思わないだろう。確かに、あのゴンザレスが犯した罪の記憶は、その余程に当てはまるかもしれない。だからこそもっと知りたい、そんな好奇心が僕を埋め尽くした。
(あれだけじゃ……情報不足だ)
「ねぇ、あの時言ったよね? ゴンザレスの過去のことを教えてくれるって……今、教えてくれないか」
「ちょっとあそこで見たんだろ、俺の過去」
「詳しく聞きたい。お前に何があったのか」
「いいぜ? ちょっと話が長くなるが……まぁ、いいだろう」
ゴンザレスはちらりと襖を見たが、すぐにまた僕を見据える。次の瞬間、ゴンザレスの顔から笑顔が消え去った。その顔にあるのは、絶望だけだった。