何気ない日常が宝物
―御霊村 朝―
僕は護衛を三人ほど連れて、御霊村を訪れた。僕は一人で行こうとしたのだが、それを聞いた武者達が良しとはしてくれなかったのだ。仕方なく人目を避けるため、お忍びという形で庶民らしい格好をして行くということで妥協した。
僕は乗って来た馬から降りて、そこで彼らをどうするか少し考えていた。
(やっぱりこっそり行くべきだったなぁ。でも、良くないよね……どこで皐月達が見てるか。彼らは、ここで馬と一緒に待っていて貰った方がいいかな)
兄達の姿を意外にも下の者達はしっかりと見ている。これからは、自覚した行動をしなくてはならない。
「あの巽様、どうしてこちらに?」
隣にいた武者の一人が、小声で話しかけてきた。彼の額に「不思議です」という字が、はっきりと刻まれている。
僕は、ただ御霊村に行くということしか伝えていなかった。彼らもそれ以上のことを聞こうとはしなかったから、わざわざ言う必要もないかと思っていた。
だが、実際は彼らは疑問を蓄積させていたようだ。ついに堪え切れなくなり、彼らの内の一人が話を切り出したという所だろう。
「会わないといけない人がいる、それだけだよ。だから、わざわざ護衛なんてしなくても良かったのに。はぁ……」
ただの外出、ここまでのことになるのはかなり面倒だ。だからこそ今まで、こっそりと抜け道を通っていたのだ。
家から出て、少し離れた場所にまで散歩に行くのと何ら変わりない。どうせ、僕の顔を見ても大半の人は気付いてはくれないのだから、ここまでのことはする必要ないと思う。
「そうもいきませんよ! 万が一のことがあってはいけませんし」
「万が一、ね」
(もうそんなことなんて……いや……)
しかし、平和という観点に関しては疑問が残る。本当に僕以外の化け物がどうにかなっているのかという疑問もあるが、それだけではない。
本当に十六夜は死んだのか、ということだ。あれは全て精神世界での出来事だ。多少、幻を見たり聞いたりすることはあるだろう。だが、どうしてもそうではないのではないかという思いがあった。あの時、聞いた十六夜の声、僕の中に深く刻みこまれていたのだろうか。
(十六夜……いや、あいつは確かに死んだんだ。あの異空間で。きっと、あれは僕の中に住み着いたあいつの幻想に違いない。でなきゃ、あんなことありえない。僕もいい加減、忘れなければ。もうとっくに過去の人だ。もうどうでもいい。あいつはいない。平和になったんだ)
「まぁ、いいや。でも、ここから先は僕の個人的なことだ。だから、絶対にここで待っていて。この宿屋に用があるだけだから。そんなには長くはならないと思う」
「承知致しました。我々はここでしっかりと警備をしておりますので! もし何かあったらすぐ駆けつけます!」
彼は大きな声で言った。
「しっ!」
それを他の武者がたしなめる。注意を受けた武者はハッとした表情をした後、静かに深々と頭を下げた。この閑静な場所では、声が響く。誰の耳に届いてしまうか分からない。
「大丈夫だよ。じゃあ、頼むね」
僕には、それがとても微笑ましく思えた。本当なら、見ることなどもうなかった光景なのだから。彼らの何気ない日常のやり取りも戯れも、宝物のように輝いて見える。
「「「承知致しました」」」
僕は彼らに背を向けて、ゴンザレス達の待つ宿屋に入った。