寝不足
―医務室 夜中―
「いえ、構いません」
僕がそう言った後、会話が続くことはなかった。藤堂さんは治療に専念していたし、僕はこれ以上無駄に話して、地雷を踏みたくなかったからだ。
(眠いな……)
時計の針は、既に夜中二時。普段ならこの時間も起きてはいるが、今日は散々動き回っただけでなく、魔法で体に負担を掛けたり、自分の未熟さを改めて痛感したり、心身ともにもう疲労がかなり蓄積している。
それでも寝る訳にはいかないから、手を抓ってみたり、深呼吸をしてみたり、僕なりに色々頑張ってみた。
でも、瞬きで目を閉じる度に、すぐに眠気は戻ってくる。コクリコクリと、首も限界だと悲鳴を上げる。欠伸も次から次へと僕を襲う。
(唯一の救いは、明日、いや、もう今日か。今日が休みだから、もう絶対に何もしない……)
「もう少し辛抱して下さい。まだ、お顔と腹部の傷の治療が残っていますので」
そう言いながら、彼は僕の正面へと向う。流石にバレてしまったようだ。
「すみません……どうも眠たくて……」
「珍しいですね。いつも朝六時に起床し、夜中の三時くらいまで、ずっと働いて、それから一時間鍛錬をしてようやく就寝されても疲労を見せない人が、そんなことを仰るとは。それほど、という訳ですか」
眉尻を下げて、彼は笑った。そして、腹部の治療を始める。
「え、見ていたんですか」
(それにしても詳し過ぎるだろう……怖い)
知らぬ間に、見られていたのだろうか。僕の日課を完璧に把握されていて、恐怖を感じない人など少ないだろう。
「まさか! 今の私はどちらかと言えば引き籠りですから。外で何が起こっているとか、誰から聞かないと分からないんですよ、ははっ。よく巽様のことを心配して色々と相談をされるんです。ああ見えて、一番巽様をよく見ているのは彼女かも知れません。この睡眠時間は危険ですよ。もう少し、仕事と生活の釣り合いを取らないと……」
「彼女?」
「嗚呼、申し訳ありません。これは秘密の相談でした。思わず口が……いくら巽様でも、言うことは出来ません」
(何だよ。そこまで言っておいて、モヤモヤするじゃないか……)
「まぁまぁ、そんな顔しないで下さい。よし、では最後に顔です」
スッと、僕の目の前に手が伸びる。
「ヒビ入ってますね。完璧に折れてなくて良かった。よし、これで……!」
「終わりましたか?」
僕にとっては、あまりにも長い時間だった気がする。
「はい、無事。でも、傷は完全に治っている訳ではないので、今日一日はゆっくり休んで下さい。絶対に。薬も処方しておきますから、寝る前にこの薬を六錠飲んで下さいね」
僕の手に、透明な袋に入った薬が置かれる。
「分かりました。それじゃあ……お休みなさい」
僕は立ち上がってふらつきながら、ゆっくりと用意してあった服を着て扉へと向かった。ようやく、ズボンも履き替えることが出来た。
「はい、お休みなさいませ」
(眠たい、眠た過ぎる。歩きながら寝てしまいそうだ。でもまずはゴンザレスを……)
ドアを開けて、重い体を動かしながらゆっくりと廊下を進んだ。




