男泣き
―精神世界 ?―
「気になるのか? 気になるんだろう? いいぞ、いくらでも教えてやる。ただし、ここから出てからな」
ゴンザレスは、指で上を差す。どうやら、上が出口になっているようだ。ここから上を見る限りでは、出口らしいものは何も見えない。ここが相当に下なのか、出口が出口とは認識出来ないものなのか。
「……ちょっと、好奇心が邪魔しただけだ。もういい。どうでもいい、どっちでもいい。お前のことなんて……でも……ああ!」
思ったことがそのまま口に出てしまう。口を塞いだから全てを言わずに済んだものの、その行為をした時点で嘘をついたというのはバレバレだろう。
「ほ~そうですかそうですかぁ。その割には、お手々が先ほどから忙しそうですねぇ」
ゴンザレスは、挑発的な笑みを浮かべる。
「……おぉう、怖い怖い。そんな般若みたいな顔で俺を見るな。ちょっとからかっただけじゃん」
「不快だ」
僕は顔に出やすい方だ。それで、今までどれだけの間苦労してきたか。
一方のゴンザレスは、そんな僕とは対照的だ。沢山の表情の仮面を持っているように、コロコロと変える。同じ人間と言えども、所々違いもあるのだ。
「は~分かった」
ゴンザレスは、両手で自身の膝を軽くポンと叩いた。それと同時に、笑顔が消える。
「なら、お前がここから出たくないって理由を俺が納得するように話してくれたら、俺はお前を諦める」
そして、真剣な表情で僕を真っ直ぐに見つめる。
「え?」
真逆な提案に、僕は驚いた。
「やれやれ、間抜け面だな。どうだ?」
「どうだ? って言われても……納得したら、本当に出て行ってくれるのか?」
「嗚呼」
「そうしたら……お前はどうなる」
「まぁ、小鳥はもう一度この世界をやり直す為に、開かずの扉を探しに行くだろうな。で、見つかって小鳥がいなくなれば、こっちの世界は消える。そうすれば、お前も消えることが出来る。願いも叶って万々歳だな。で、俺は……元の世界に帰るだけ。何事もなかったようにな。どうする?」
そう語るゴンザレスの表情は、悲哀に満ちていてどこか寂しそうだった。
「でも、お前が納得していない演技をすれば……」
「演技ねぇ、そんな屑な真似はしねぇよ。ぶっちゃけ、お前が色々しでかしている時点でこの世界に救うことに迷いが生まれてた。だけど、小鳥がまだ奇跡を信じているから……俺も裏切る訳にもいかない。それに、小鳥に嫌われたくない。そして好かれたい。言ったろ? 俺は俺の為に、お前を連れ戻しに来たって。でも、そのお前がそこまで嫌だって言うんだったら、結局連れ戻しても意味がないんじゃねぇかって思ってきた。廃人糞野郎になってそうだ。なら、いっそこの世界は壊れてしまった方がいい。もう一度、小鳥には頑張って貰うことになって、俺は嫌われることにはなるけど」
その言葉に嘘はないようだった。しっかりと僕の目を見て、真面目な顔で、落ち着いた声で長々と言った。
それを聞いて、かなり心が痛くなった。僕のわがままが、二人を苦しめている。
「小鳥はかなり頑張って……お前の為だけを思ってここまでやって来たんだ。信じられるか? 幼子が、大人になるまで繰り返してるんだぞ。青春も全てを投げ売って」
「そんなこと……」
「頼んでない? ってか。頼まれてなくても、小鳥はやってんだ。お前が幸せになれる世界を夢見て」
「――っ!」
「あぁ、そういえばお前は自分を独りだと思ってるみたいだが違うな。だって、お前のことをこんなにも思ってくれてる奴がいるんだから。それに、小鳥だけじゃない。陸奥さんもそうだった。母親も、何なら睦月や美月、皐月や閏もそうだった。ずっとお前を心配してた。父親もな。不器用な人だよなぁ。きっと、俺の世界の父さんもそうだったんだろうなぁ。こう、何つーか第三者視点見ると……意外なことも分かってくるもんだなぁって。だから、これだけは言っておく。お前は独りなんかじゃない。でも、お前はそれを手放すんだろう?」
小鳥がいなくなれば、この世界は消えてしまうらしい。僕の積み重ねてきたことと共に、家族を皆を巻き込んで。
「別に、僕は……僕だけがいなくなれば!」
「それは無理だな。あいつはお前のいる世界を望んでる。あいつにとって、お前がいない世界に意味なんてないから」
ゴンザレスは、引きつった笑みを浮かべる。きっと、笑おうとしてたんだろう。
だが、目からは大粒の涙が溢れていた。それを必死に堪えようとしているみたいだったが、それはもはや意味を成していない。
「長々と一方的に語って悪かったな……ううっ! すまん……うう!」
僕は初めて見た。あんなに余裕綽々で軽い男が、こんなにも涙を流し続ける姿を。