安らかなる死を
―? ?―
どこまで泳ぎ続けたかは分からない。ただ、琉歌に導かれるまま僕は海を渡っていた。
「どこまで行くの?」
不安だった。海底はちっとも見えない。泳げない僕に、不安という感情が芽生えるのは当たり前だ。だから、その不安を払って欲しかったのだ。
しかし、琉歌は答えてくれなかった。ただ黙々と進み続ける。せめて、まだ歌を歌っていてくれたら少しでも安心出来たかもしれない。
「ねぇ……琉――」
次の瞬間、僕は天を仰いでいた。そして、目の前には鬼のような形相で僕を沈める琉歌がいた。
「うあっ、ぐはっ!」
口の中に、海水が大量に侵入してくる。息が苦しい。目にも海水が容赦なく侵入して、染みる。
「どうし……げほっ! うごっほ……」
琉歌は本気のようだった。僕に乗りかかりながら、強い力で沈めてくる。水の世界では、彼女の方が圧倒的に有利だ。僕の体は抵抗虚しく、底へ底へと落ちていく。
「海の世界なら、貴方も幸せに暮らせるわ。でも、人間の体ではそれは無理よね。なら、魂を海の神へと捧げるの。そうすれば、何でも願いは叶う。それで生まれ変わって一緒に暮らしましょう」
(それは無理だよ……琉歌。僕は死ねないんだ)
しかし、何故だろう。こんなにも世界が暗い。何故だろう。琉歌の声が遠くなっていく。死など、僕にあるはずないのに。
(僕に死がないのはどうして? あぁ……もうどうでもいいか)
苦しさも怖さも、不安も全てどこかに消えていく。
(死ねるんだ……)
僕は、理由もなくそれを悟った。聞こえるのは、水の音だけ。しかし、それすらも遠く小さくなる。不思議と、僕は幸福感に包まれていた。ずっと手に入らなかったものが、ようやくこの手に――。
***
―ゴンザレス 中庭 夜―
「うわあああああああ!」
怒り狂った化け物の攻撃を必死に避ける。とりあえず、目に入った動く奴全員殺すマンへと変貌した化け物は、俺らに容赦なく火を吐いたり、噛み千切ろうとせんばかりの勢いで俺らに襲いかかる。
「大丈夫ですか」
そんな中でも、興津さんは冷静である。俺に気を向けることが出来るくらい。
「すみません。ちょっと……もうヤバイっすね。これ逆効果にとかなってないっすよね? 最初より絶対攻撃が強くなってる気がするんですけど」
「いいえ、そんなことはありませんよ。考えもない攻撃は、自分にも負担なりますから、ね!」
興津さんは、俺を抱き抱えて空を飛ぶ。刹那、先ほどまで俺らがいた場所には化け物がいた。そして、怒りに満ちた表情でこちらを見上げている。
「気付きませんでした……」
「相当お疲れのようですね。無理もないですが」
「ハハハハ……」
情けない話だ。男の俺が最初にバテて、しかも抱き抱えられるとは。
「休んで下さい」
俺を抱き抱えたまま、興津さんは少し離れた木の上へと降り立った。
「ここなら、安定感がありますね。ここでジッとしてて下さい」
そして、俺に返答の隙を与えることなく化け物の方へと向かって行った。そこでは、小鳥が俺らに代わって攻撃を避け続けている。俺は、俺自身に腹が立った。俺だけが、呑気に休んでいる。一度休んでしまうと、体は動かない。疲れが一気に襲ってくる。
「クソっ!」