かつての教え
―ゴンザレス 中庭 夜―
近付いた俺達に、化け物が視線を向けた。
「あ、お疲れ様です」
興津さんは、俺達の前に着地してそう言った。額からは汗が伝っているが、疲れは感じさせない。
(バイトで、先あがる時のトーンだな……)
「凄いっすね……」
思わず感心してしまった。一人で異常に動き回っていたのにも関わらず、息を切らしてすらいない。
彼女の体力がおかしいのか、そう見えないように振る舞っているだけなのか、どっちにしても彼女が凄いと言う事実は変わらない。
「果たすべきことを果たしたまで……ちょっとは弱ってくれましたよ」
彼女は微笑み、化け物を指差す。確かに、化け物は息を切らしていた。それに、傷だらけだった。俺らが、散々攻撃しまくったから当然だ。体のあちこちに、興津さんが前放ったナイフが突き刺さっている。動けば、そこらが痛むのだろう。
しかも、よく見れば地面には血だまりが至る所にある。そして、今も化け物の下には血だまりが出来ようとしていた。
「ちょっと所じゃないようにも見えますけど……」
「眼球を抉り出したり、腸摘まみだしたりしてもいいんですか?」
「そ、それは駄目です! 巽様にまで――」
「知ってますよ、それくらい。ですから、最小限の攻撃で動きを弱めようと思いまして。ですが、中々しぶといですね。本能に飲み込まれても、気力だけでこうやって私に歯向かうんです。流石は特殊な個体……さて、どうします?」
(どうします? って言われてもなぁ……どうすればいいんだよ)
化け物は、人が増えたことで警戒しているようだ。遠くから毛を逆立てているだけで、攻撃はしてこない。少しは話す余裕がありそうだ。
「これ以上の攻撃は、さらに巽様の体と心に負担を与えてしまうでしょう。難しいですねぇ」
「巽様が……かつて仰っていました。防御こそが最大の攻撃であると」
「あ、俺もそれ聞いたことあるな。めっちゃウザかったけど……で、それが何?」
あいつは俺の攻撃を全てかわし、最終的に俺をぶっ飛ばした。相手を疲れさせた上で、軽い攻撃でとどめを刺す的な感じだったはず。
「ゴンザレスも覚えてるでしょ? 攻撃を全てかわされたりしたら、気分も落ち込むし腹が立つ。攻撃することだけしか考えていない相手なら、それがますます有効に使えると思わない?」
小鳥は俺を見て、目を輝かせる。
「なるほど……でも、こいつにそこまでの感情あるのか?」
「怒りくらいは感じているようですよ。それに、疲れも。私がかわしまくっていた分、少しで済むかもしれません! それにしても、いい案ですね。それでいて賢いです。流石は、神童と謳われた方です。きっと、こちらの世界の貴方もこのように活躍されるのでしょうね」
「あ、ありがとうございます」
「よ~し、じゃあ全力でかわすぞ! まずは挑発してやるか!」
俺は笑みを作って、化け物に向かって真っ直ぐ歩いていく。化け物は目だけを動かして、近寄る俺を追う。
「気を付けて……ゴンザレス」
「分かってるって」
俺は化け物の前で、堂々と腕を組んで仁王立ちしてやった。
(さぁ、いつでも来やがれ! この野郎!)