大切なこと
―ゴンザレス 中庭 夜―
達成感と安心、それを上回る悋気。こんな時まで、俺は何を考えているのか。自然と拳に力が入る。
「俺と……俺らと一緒に戦って欲しい」
そして、俺はまた作った声で話す。これが俺の個性だ。男らしさなんて微塵もない声なんて、俺にとっては必要ない。必要なのは、皮肉か不幸か、俺の個性が邪魔な時だけだ。
「一緒?」
小鳥は、眉をひそめる。そんな表情になる理由も分かる。小鳥にとって、最も重要なのは力を覚醒させること。その目的を知っている人間に邪魔されたのだ。
「俺らは大切なことを忘れていた。本当の目的を忘れていた。本当の目的の為の手段が、いつの間にか目的に成り代わっていた。焦り過ぎてたんだ。お前が救いたいと思っている相手は誰だ?」
「巽様に決まってる! ずっとずっと……頑張ってた。それでも! 巽様は……」
彼女は悲しそうな目で、遠くを見つめる。その視線の先に何があるか、俺には分かる。
変わり果てた姿になった巽と、その気を引く興津さんがいる。怒り狂う化け物の声、興津さんの咄嗟に口から溢れる声。俺らがここで、語り合っている暇などない。
「また救えなかった! 皆の力を借りても、私がここぞという時に何も出来なかったから! 巽様をあんな――」
「今更、ああだこうだ言ってもしょうがねぇだろ! どんな手段を使っても、どんなことになっても結果としてあいつを救えればそれでいいって言ったじゃねぇか! 今、あんな姿になった奴を見て絶望的な気持ちになるのも分かる! だけど、ここで後ろ向きになったってしょうがねぇんだ! しっかりしろ! 俺らが救いたいのは、巽だ!」
よくもまぁ、こんなにもスラスラと言葉が出てくるものだと思った。小鳥に言うのと同時に、自分にもそう言い聞かせていた。俺だって苦しい。ここから逃げることが許されるのなら、休むことが許されるのなら、是非ともそれを選択したい。逃げてしまえたら、どれほど楽だろうか。
でも、俺がそれをしないのは今までのことを無駄にしない為だ。積み重ねてきた全てのことを、一瞬で無駄にしてしまう訳にはいかない。積み重ねるのには時間が掛かる。しかし、それらを壊すのは簡単だ。今までの人生で俺はそれを学んだ。
「それに、お前だけの責任じゃねぇ! ずっと言ってるだろ! 一緒にやるんだろ、さぁ!」
俺は、小鳥に向かって手を差し出す。俺の言葉を聞いている間、小鳥は心臓に矢を射抜かれたような表情を浮かべていた。そして、ゆっくりと舞い降りて俺の手を掴んだ。
「そう……だね」
その手は冷たく、震えていた。そして、今にも泣きそうな顔で優しい笑顔を浮かべていた。