彼が現れたあの日から
―医務室 夜中―
担架で上の景色が、夜空から豪華な天井に変わっていく様子を指の隙間から眺めながら、これから僕がしなければならないことをずっと考えていた。もっと時間が欲しかったのだが、天井が無機質な色に変わったことで、諦めざるを得なかった。
「よし、いっせーのせっ!」
「うわっ!」
力自慢の男達ばかりが持っていたせいで、かなり雑にベットに転がされる。本能的に身の安全を守る為、思わず僕はベットに手をついた。
「もう少し、優しくして下さい! 巽様は、大怪我をされているのですよ!?」
この城内で数少ない常識がある人物。僕の中では、五本指に入るまともな藤堂さんの正しい指摘。
「さーせん! いつもの仕事の癖で思わずやっちゃいました!」
「癖は抜けないんすよ~、がはははは!」
(軽い、軽過ぎる。ゴンザレスを凌ぐ軽さ、元々この国はどうも他国と比べると、礼儀に関しては明らかにおかしいが、それにしても、これは酷過ぎるだろ……)
「お前達!」
二人の師匠のような感じの風貌の男が、怒りに満ちた表情で声を荒げる。
(良かった、この人は――)
「こんな雑にやっているから、いつもボロボロに商品がなるんだ! 何度言えば分かる!? あ゛あ゛!? もっと、上手く投げて転がせ!」
(弟子も弟子なら、師匠も師匠だな……)
少しでも期待した僕が愚かで滑稽だったと思う。
「はいはい、これから治療ですから、もう出て行って下さい。説教なら、向こうでお願いしますよ」
藤堂さんは無理矢理三人を追いやって、廊下へと出して扉を閉めた。
「やれやれ……自由奔放な人が本当に多い国だ。相変わらず……」
「ははは……大体外から来た人は皆そう言います」
「最初来た時は、本当に衝撃を受けましたよ。でも、それがこの国の良い所でもあると思います」
くるりと振り返り、藤堂さんは微笑した。
「でも、僕はなるべく早くどうにかしたいんです。恥ずかしいので」
「そうですか? 私は好きですよ、この国。親しみやすい人々が多いと思うんです。それに、明るくて面白い人が多い、こっちが元気になりますよ。と、それより先に治療ですね。さて、では治療を開始します。違和感があったら、すぐに言って下さいね」
そう言いながら、彼はゆっくりと僕の腕に手をかざす。彼が使うのは、治癒魔法。酷い抉れたような傷も、一瞬でかさぶたとなり、軽い掠り傷程度の物なら跡形もなく消える。
彼が、この国に齎したこの魔法は本当に素晴らしいと思う。彼が来る前までは、神頼みが当たり前だった。母上はこの当たり前をどうにかしようとしていたが、人というのは何かが起こるまで当たり前をそう簡単には変えられない。
そして、ちょうど僕が十八歳の時だ。父上が病で倒れたのだ。当然、神頼みではどうにもならず、諦め感が漂っていた。そんな時、睦月が藤堂さんを見つけたのだ。
偶然、観光に来ていた藤堂さんに何も大事なことを伝えず、睦月は町から連れて来て治療させた。確かあの時二人は、凄い勢いで窓を割って入って来た記憶がある。それから縁あって、藤堂さんは城に常駐する医者となった。
そして、藤堂さんをきっかけに、この国には病院が何個も建った。それと同時に、治癒魔法も広がった。母上が成し遂げられなかったことを実力で示して見せて、常識を変えさせたのだ。
「ん……?」
背中を治療していた時、藤堂さんはその手をとめた。
「どうかしましたか?」
「あ、その……私は、今まで何人もの化け物に襲われた人達の遺体を診てきました。それと同時に、化け物になってしまった人達の遺体も。どちらも惨たらしいものでした。この目を潰してしまいたいほど。私はどちらの言葉も聞くことが出来ぬまま、それを処理するしかありませんでした。しかし、巽様は、こうして生きて帰って来られた。今まで、当事者の証言を聞くことがなかったので。もし、宜しければお聞かせ願えませんか? あの化け物のことも、あの二人の最期も。お辛いでしょうが……」
背後に移動していた為、彼の表情を見ることは出来なかったが、口調はどこか暗いように感じた。
(そうか、そう言えばさっき化け物を見たとか言ってたような……剣を持っていたのは、そういうことか。嘘と真実が偶然一緒になるとは。でも、もしかしたら、その化け物は……)
「構いません。いつかは必ず言わなければならぬこと、鮮明に覚えている内に誰かに伝えたかったんだ」
そう、矛盾が発生しないように考えた嘘を忘れてしまわぬうちに、誰かに伝えなければならない。




