ずっとずっと幸せ
―? ?―
僕は幸せだ。皆に愛されて、囲まれて、笑っていられて。不幸だなんて感じる余裕がない。心が幸福に満ち満ちている。この世に生を受けた時から、僕は幸せだったに違いない。例え、昔の記憶がはっきりしていなくとも。
「あら、巽。そんなに笑ってどうしたの」
母上がそう質問する。
「幸せなんです。皆とこうしていられることが、とても」
僕や姉達を実の子のように、母上は育ててくれた。皐月や閏と何ら変わりなく接してくれた。温かな愛情で僕らを包み込んでくれた。僕にとっては間違いなく大切な人で、守るべき人。
「えぇ、そうね。私達もとっても幸せよ」
母上は微笑んだ。母上だけじゃない、睦月も皐月も父上も笑っている。美月は恐ろしく引きつった笑みを浮かべ、閏は心地良さそうに眠っている。
(嗚呼、なんて幸せなんだ。なんて……なんて……)
***
―? ?―
「あれ?」
気付けば、周りに皆がいなくなっていた。いるのは僕だけ。そして、ここは浜辺。先ほどまで、庭で家族で弁当を囲みながら談笑をしていたはずなのに。
(……最初から僕はここにいたんだっけ? まぁ、いいや。考えるだけ無駄だ)
そして、夜になっていた。静かな夜に、海の穏やかな波の音が響く。海の向こうには満月が見える。その月が海に映って綺麗だ。たまに雲に隠されて消えてしまうが、それもまた趣がある。夜の黒と海の青が合わさると、こんなにも海は美しいのだと知った。
「ラララ~ラララララ~♪」
海を眺めていると、どこからか女性のような、少女のような歌声が聞こえた。
「この歌は?」
どこか懐かしくて恋しい。その声を聞くだけで何故だか涙が溢れた。そして、思い出す。この声が僕の最愛の人の歌声であることを。
「琉歌!」
体が勝手に動いた。着の身着のまま、海の中に入ることすら厭わなかった。
「琉歌、どこなんだ! 琉歌!」
幼い頃、僕らはずっと密かに会い続けた。掟や約束を破って、日常の何気ない会話をするのが楽しかった。その歌声は、思い出の全てを彩るものだ。今もどこからか聞こえる歌声が、二人だけの懐かしい思い出を次々に僕に与えてくれた。
「遠く輝く太陽にあたしは手を伸ばす~♪」
体の半分が海に浸かっても、琉歌の姿を確認することは出来ない。歌声は確かに聞こえるのに。海の中を歩くのは難しい。これ以上進めば、僕は溺れてしまう。
「琉歌っ!」
そう僕が強く叫んだ時、歌声がとまった。聞こえなくなった。透き通った美しい歌声は、僕に確かな物を与えてくれた歌声はもうどこからも聞こえない。微かにも僅かにも。
「会いたい……」
頬を涙が伝った。悲しくて、辛くて、苦しくて、寂しくて。情けなさなど、どうでも良くなるくらいに僕は会いたかった。しかし、彼女はいない。僕は幻を聞いてしまったと、大きな絶望に襲われた。
「琉歌……」
その時だった。目の前の海に大きな波紋が生まれたかと思ったら、そこから何かが飛び出した。その何かを認識するのに、少し時間がかかった。その何かは、僕に向かってくる。そこで気付いた。
「巽さん!」
琉歌は、嬉しそうな笑みを浮かべて僕に抱き着いた。