永久の夢
―中庭 夜―
魔剣から発せられる青い光が、強くなっていくのが分かる。
「くっ!」
剣から鈍い音が聞こえ始める。
(壊れる……!?)
これは、僕が初めて剣を持った時から使っているものだ。様々な相手に使ってきたが、こんな音が聞こえたことはない。例えば、巨体を持った男との力任せの勝負の時もこの剣は耐えた。
それなのに、魔剣を持った普通の体形のゴンザレスとの勝負で、こんな音がし始めるとは思いもしなかった。
「さぁ、いくぜ?」
そう言った瞬間、ゴンザレスの持つ魔剣から発せられる青い光が一筋の光となって、魔剣から飛び出していく。
「な……」
生まれて初めて見る光景だった。そもそも、魔剣が魔剣として使われるのを見たことがなかったのだ。
魔剣は作った者か、選ばれし者にしか扱うことが出来ないらしい。その為、魔剣を作る技術が廃れた今、かつて魔剣と謳われた物は全てただの装飾品扱いである。
それなのに、ゴンザレスはそれを自分で作り使いこなしている。自分の行為が、どれだけのことか分かっているのだろうか。
「奥義……アクア・ワルツ!」
その言葉の直後、光は無数に枝分かれした。それはそれぞれ独立した動きをしながら、僕に襲いかかってくる。
その光は水であることが、近付いてくるにつれて分かった。水が発光しているのか、発光している光が水になったのはか分からない。
僕は咄嗟に、その水を打ち消す為に炎の魔法を使った。それぞれの光は小さく、打ち消すことくらいは容易だと思ったからだ。
「無駄だぜ?」
ゴンザレスの余裕の言葉の通り、無数の小さな水の光は炎を通り抜けて現れた。
「どうして……うがっ!」
凍てつくような冷たさが僕を襲う。払いのけようとしても、光はそれを潜り抜けて僕の体へとぶつかる。それにより、体勢を保つのが難しくなった僕はその場に膝をついた。
「どうだ? まだまだ奥義は使えるぜ」
ゴンザレスは再び剣を構えた。今度は、赤い光を発し始める。
「なんで……そんな……」
右手の指が動かない。視線を向けると、手が凍てつき氷のようになっていた。その時気付いた、無数の毛が手を覆い隠していることに。僕は恐る恐る、左手を見つめる。左手は幸いにも凍っていなかった。しかし、毛が覆い隠してることに変わりはなかった。
「俺は俺が頂点に立つ為なら、どんな手段でも使う。卑劣でも卑怯でも、それが悪だろうが善だろうがどっちでもいい。俺は俺の為にやる。少なくとも俺はそういう人間だった、本能的にね。どれだけ自分を騙しても、本当は分かってる。俺は俺が嫌いだ。でも、俺は俺だから。俺の為に、お前を救う」
ゴンザレスは、宙に浮かび上がりながら言った。
「死にそうな気分を与えてやるよ」
そして、剣を高らかと掲げる。剣は真っ赤で眩しい光に包まれていく。
「舐めるな……」
(僕の体が……心が凍てつくまで終わらない。油断大敵だって……化け物と戦うのにそんなんじゃ駄目だ。僕が……身をもって教えてあげる)
「疾風迅雷……」
僕は、動く左手をゴンザレスに向ける。
「射抜き、滅せよ!」
今、僕に残る全ての魔力を捧げた。突如、目を開けるのも苦しくなるくらいの風が吹き、大地が揺れるほどの雷鳴が響く。
「ふわぁっ!? 小鳥……!」
ゴンザレスは、遥か上空に浮いている小鳥を見つめて叫び、手を伸ばす。
(大丈夫だよ、君にしか当たらないから……)
「ううぅ……ぐぁぅっつあぁ!」
もう限界だった。でも、僕に出来ることは全てやった。最低限のことばかりだが。座っているのも苦しくて、僕はその場に横たわる。体に走る激痛も、息苦しさももう感じなくなった。
「頼んだよ……これかぐあうっあがう……」
僕は望む。遠い未来がこの国に訪れることを。偉大なる国として、発展を続けていくことを。
――おやすみ、末永く。永久の夢に――
それが僕に聞こえた最後の音だった。ゴンザレスに降りかかる稲妻の光だけを僅かに僕は感じた。そして、それが最後に感じた情報だった。