乗り越えてよ
―中庭 夜―
「ぬおっ!」
岩の塊の拳は、ゴンザレスに当たらなかった。ゴンザレスが避けたのではない、岩の塊の落とした拳は、ゴンザレス手前を殴ったのだ。
しかし、それによる衝撃は相当なもので僕の立っている所まで地面が割れた。
(距離を詰めたのに……どうして? そういう奴なのか、それとも僕の魔力が制御出来ていないせいなのか……)
「卑怯だぞ! 僕一人で十分さ……ってかっこつけてたじゃねぇか!」
伏せたままゴンザレスが叫ぶ。
「大丈夫、これが攻撃している間は僕は何もしないから。この程度も倒せないようでは……君は何も救えない」
岩の塊は、突き刺さった拳を引き抜いて再びゴンザレスに向けて落とす。だが、外した。
「ぬぉ! え、何? そういうプレイ? 俺そういう趣味じゃないんだけどなぁ……てて! 振動が染みる! 何に染みてるのか分かんねーけど! ぎゃああああ!」
岩の塊は何度も何度も攻撃をしかけるが、全て外した。ちなみに、ゴンザレスは微動だにしていない。何が原因でこうなっているのか、このままだと地面が滅茶苦茶になってしまう。
(修復魔法……いや、それでもこれは厳しいかも)
修復魔法は、壊れる前の様子を完全に覚えておく必要がある。だが、普通に考えてこの中庭の地面の様子を覚えている人なんていないだろう。
城の一部の部屋が、どうなっているかすら覚えている人が少ないのに。だから、城の修繕は全て人の手によって直さざるを得なかった。費用も時間がかかる方法だ。また、奇妙で不気味な場所が増えることになってしまう。
「うぅ!」
体全体に痛みが走った。思わず、その場に崩れ落ちる。ゴンザレスは、その僕の様子に気付いていない。やたら勢いと迫力がある割には一切当たらない攻撃に、気を取られているからだ。
(もう駄目だな……僕は何も果たせないまま死ぬんだ。父上も超えられない。誰も救えない。ならせめて……ゴンザレスを……)
岩の塊を出現させたことによって、魔力の消費と体への負担が大きくなったようだ。
――諦めるんだ? あんなに意気揚々と語ってたのに……何の為に抜け出したって言うんだい?――
(嘲笑うなら嘲笑えばいい……でも、させているのはお前じゃないか)
悔しくて憎たらしくて、ついた手に自然と力が入る。
――君が僕を支配出来ないからじゃないか……ふん、いいよ。弱い君に代わって、僕が手柄を得るから――
化け物の声には珍しく、力が入っていた。
「乗り越えろ……ゴンザレス」
手を見ると、爪の形が変形し鋭く伸びようとしていた。いつもと比べて遅い。理由は分からない。
(中途半端で……挫折ばかり。あぁ、少し前に宣言したことすらも出来ないなんて……最後の最後まで、僕は駄目な奴だった)
僕は僕として父上を超えられない。国を守れない。誰も救えない。でも、ゴンザレスならそれが出来るかもしれない。その為には、まずはこの僕を超えて貰わないといけない。
「うおおぉぉぉ!」
そのうるさい声の方に目を向けると、いつの間にかゴンザレスが必死に剣で岩の塊を斬りつけていた。岩の塊は周囲を蠅のように飛び回るゴンザレスに、必死に殴りかかっていた。だが、例によってその攻撃は当たらない。
しかし、ゴンザレスの剣による攻撃も岩の塊には効いているようには思えなかった。
「う~! いてぇぇ! も~!」
すると、ゴンザレスは剣を投げ捨てた。