二人で共に
―中庭 夜―
一気に迫った背中に、僕が剣を振り下ろした時だった。激しく金属と金属のぶつかり合う音が響いた。
「はぁっ!」
父上と僕の間、ちょうど人が一人入れるくらいの距離感に、ゴンザレスが現れたのだ。
「なっ!?」
ゴンザレスは、引きつった笑顔を浮かべながら剣で押しとどめていた。僕の起こした強風と僕の振り下ろした剣の力に負けじと、必死に歯を食いしばっている。
「これは……一体何事か!?」
父上がこちらの様子を見て、そう叫んだ。そして、明らかに動揺していた。
「急いで逃げて下さい! 詳しいことはいずれ!」
「だが……」
「いいから早く! このままだと衝突してしまう!」
ゴンザレスの足が一歩、また一歩と後退していく。
「どけ! 邪魔をするなぁぁ!」
「無理……やば、ぬあああ!」
大声を発して力を引き出そうとでもしているのか、ゴンザレスは絞り出すように叫んだ。
「貴方は狙われているんだ! この場は僕がどうにかしますから、さっさと遠くに行って下さい!」
「くっ……分かった。ゴンザレスが逃げ出したのだな? 急いで武者達を……」
「その必要はありません! 僕……いや、僕らでどうにかしますから。皆を外に出さないようにして下さい。これは命令です! 王として皆を守る為の!」
ゴンザレスは、力強く僕を睨んだ。すっかり板についている。父上も疑う素振りすら見せない。僕がある程度暗示をかけているとはいえ、ゴンザレスの演技力がなければこうは上手くはいっていない。暗示がかからない者すらも、こいつは欺いている。
「フフ」
笑ってしまった。僕よりもずっと嘘つきなゴンザレスが、あまりにも滑稽で。
「お前の気持ちを優先しよう。しかし、何かあればすぐに――」
「何かだけは絶対に起こりませんよ! いいから早く!」
「嗚呼……」
父上は、あまり納得していないような表情でこちらを見つめながら、遠くへと走り去っていく。歯がゆいのだろう。
「は~……疲れるなぁ、もう!」
「何故気付いた?」
「あの牢屋に小鳥がいたんだぜ。で、瞬間移動も何のそのだからな。すぐに分かったぜ、って風強過ぎない? 詳細を語ろうにも語れないんだけど、俺もう本当に限界なんだけどぉぉ!」
と言いながら、ゴンザレスは背後に吹き飛んでいった。もう少し父上がごねていたら、巻き込むことが出来ていたかもしれない。
「はぁ……はぁ」
風がようやく収まった。魔法を一度使うと、そう簡単には終わらせることが出来ない。感情が高ぶったりしてしまうと魔法の威力が増し、僕の意思に関係なく発生し続ける。
今回はゴンザレスが目の前から消えたことで、少し気持ちが落ち着き風が収まったのだろう。
「どうして邪魔をするんだ……どうして!」
遠くで倒れているゴンザレスにも聞こえるように、僕は言った。
「どうかしているのは……巽様の方でありませんか?」
上空から、ふわりと少女が舞い降りる。彼女の姿を見たのは、いつぶりだろうか。
「小鳥……」
「あの場に留まっているというのが巽様の意思であったはず。その為に入念に準備をされていたのでしょう。それなのに……声に惑わされ、実の父親に手をかけようなどと!」
(そうか、彼女はずっとあの牢獄に……聞いていたか)
「これは僕の意思だ! 声は所詮はきっかけ程度に過ぎない! 父上を殺すことで、僕は証明出来る! そのことに気付いたんだ!」
「出来れば穏やかな方法で、巽様を解放して差し上げたかった……しかし、こうなってしまった以上もう後には戻れません。少々手荒な方法でも、巽様の目を覚まさせて差し上げましょう!」
小鳥は両手を胸に置いた。すると、小鳥の背からは五色絢爛の翼が現れた。その際に発した、透き通るような光が僕には眩しかった。
(あの時見た……あの翼)
鳥族である証。かつて、幼い彼女は「こんな姿」とそれを評した。片方だけの翼、それが嫌だったからだろう。
しかし、大人になった彼女はとても堂々としていた。それは、彼女が積み重ねた経験からだろうか、それとも他に何か理由があるのだろうか。
「さぁ、ゴンザレス! 私と共に!」
すると、ゴンザレスが翼を広げる小鳥の隣に出現した。まるで、そう呼ばれるのを待っていたかのように。心なしか、ゴンザレスの表情が嬉しそうに見える。
「あ~やっぱ呼び捨て嬉しいわ~。もう復活したぜ! やったるぜ!」
二人の表情は明るい。この先にある未来が二人にはあるから。だから、そんな表情が出来るのだ。それが僕のしゃくに触った。