匂いを辿れ
―地下牢獄 夜―
(行かなきゃ)
足を一歩、また一歩踏み出して前に進んでいく。地面のひんやりとした感覚が、いつの間に怪我をしたのか分からないが足の傷に染みる。しばらく立っていなかった為か、まっすぐ歩くことすら出来ない。
「うう……」
他の者達がいる牢屋の鉄格子を掴みながら歩くことで、やっと僕は牢獄の出口へと辿り着いた。
しかし、扉は固く閉じられている。すると、向こう側で背を向けていた見張りが僕の存在に気付いた。
「な!? 貴様!」
「どのようにして抜け出した!?」
すっかり恐怖に満たされた表情を浮かべて、見張り達が叫ぶ。
(面倒臭い)
「ここは、人間だったら絶対に出ることが出来ない……だけど、もう俺はそうじゃないから」
もし、ゴンザレスが僕の立場だったらこんな風に言う気がする。
この牢獄は、人間の魔力を封じる。では、人間以外だったら? かつて、僕はそれを試した。大人の小鳥を救い出すことが出来るかどうか、ホヨを使って。見事に成功した。今回も。つまり、僕はもう――。
「お前、急いで皆……いや、興津大臣を呼んでこい! 大変なことになる!」
「でででででもよ! これっておいら達の失敗になんじゃねーの?」
「知らんわ! いいから早く!」
「これで、職なしになったらどうすんだよ!?」
「じゃあ、俺らだけでどうにか出来るのか!?」
見張り達は、目の前で言い争いを始めた。
(醜い……醜いな)
言い争っている余裕など、彼らにはないはずなのに。だが、僕はそれを利用する。二人が言い争いに気を取られている間に、僕はここから出て父上の所へ行く。
「どうする!?」
「どうするって、さっきから俺は興津大臣を呼んでこいって言ってんじゃないか!」
僕は、扉を拳で思いっ切り殴った。
「ぐおっ!?」
「ぎゃぁぁ!」
すると、凄まじい爆音と爆風と共に道が開けた。目の前で言い争っていた彼らは、もういない。どこかに吹き飛んでしまった。壁に大穴が空いているから、その奥にでもいるだろう。
「僕を……認めてくれるよね。父上……」
手に着いた汚れを払いながら、僕は階段を上った。そして、僕は思った。
(こんな人間の範囲を超えた力を……いよいよ、僕は終わりだな。いや、やっと終われる。この苦しみから解放されるんだ。どうせ誰かを傷付けるくらいなら、失うくらいなら意識がない方が幸せだ)
僕は地下を出た。懐かしい眩い電気の光。豪華絢爛だ。地下の小さな火の光とは全く違う。僕は思わず、目をすぼめた。
(探さなきゃ……)
僕は匂いを吸った。色々な匂いがする。地下とは違って、美味しそうな匂いだ。下の人間達は栄養がないに等しい。生きる屍も当然。新鮮さが失われて、味はかなり落ちているだろう。それに引き換え、こっちは違う。
(父上に匂い……辿ろう)
この場に微かに匂いがある。これを辿って行けば、父上の場所が明らかなるだろう。
(皐月やゴンザレス、興津大臣やらに見つからないように匂いの確認をしないとね……あの音が地上にまで聞こえてなかったらいいが……)
僕はそれぞれの匂いを嗅ぎ分けながら、父上の匂いを辿った。