超えてはいけぬ壁
―地下牢獄 夜―
いつもより、高い位置に自分の目線があった。
(立ったまま寝てたっけ?)
体を少し動かすと、金属音が響いた。
「あ?」
見上げてみると、なんと僕の手があった。手には手錠がつけられ、その手錠は天井からぶら下がっている。僕が少し腕を動かすと、先ほどの金属音がした。
(なんで?)
いまいち状況が飲み込めないでいた。首が疲れたので、目線を下に向けると自分の足が見えた。しかし、その足には足かせがつけられている。
(冷たいって思ったら……)
僕は何かしたのだろうか。今までずっとこんな物をつけられたことはない。この中で、化け物にでもなってしまったのだろうか。そのことの記憶はない。悪夢を見た記憶はあるが、化け物になった記憶はない。ついに、寝ている間に化け物になるようになってしまったのかもしれない。
(あぁ……もう時間がない。このままじゃ、僕は父上を超えられない。夢の中だけで超えたって意味がない。それは証明にならない。あぁ、どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。父上を殺せば、僕は父上を超えたことになるのに……)
体が完全に固定されている今、それは叶わないだろう。拘束される前だったのなら、扉に鍵がかかっていなかったから出来たはずだ。
だが、僕がこうなっているということは何者かがここに入ったということ。僕を逃がさないようにする為なら、鍵をかけないはずがない。
――諦める? 夢の中だけで満足するならそれでいいさ。君は未来永劫、父親の光に霞む存在になる。君は君として何一つ功績を残せない。もし、残すとするなら……君になったゴンザレスかな? ああ見えて、君よりも優れているからね。可哀想な巽、自分自身にすら負けるなんてさ……――
「諦めるものか……証明しないと。父上に認められないまま、死にたくない……」
――もう遅いよ。だって君はゴンザレスなんだから。例え、父親を殺してもそれを果たしたのはゴンザレスになる――
「僕の中の功績で十分だ。記録的にはゴンザレスでも、僕の夢を果たしたことにはなるんだから」
――ゴンザレスが汚名を着ることになっても?――
「汚名? 何を言ってるの。父上を超えることが汚名になるはずないじゃないか……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
夢の中で、父上はそれを望んでいた。僕が結果を出すことを、父上を超えたことを証明するのを。夢の中でそれを望むのなら、現実でも望んでいるに違いない。どうして、もっと早くこのことに気付いてあげられなかったのだろう。
「行かなきゃ……時間がない」
――フフ……そう言うと思った。流石は巽だ。ちょっと夢を見せてあげただけで、これほどの……さぁ、恩返しといこうか……――
瞬間、体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。試しに手を握ってみた。すると、手錠が簡単に砕け散った。
「あぁ……凄い」
足を軽く捻ると、足かせも粉々になった。
――急いで。急がないと君が君ではなくなっちゃう……アハハハハ――
僕は鉄格子を掴み、それを横にゆっくりと広げた。鉄がまるで、粘土で出来ているかのような柔らかさだ。すぐに、僕が通れるくらいの大穴が空いた。
「待っていて下さい……父上」
僕は、匂いを大きく吸い込んだ。