現実逃避
―地下牢獄 ?―
ただずっと、時を忘れて眠り続けていた。寝心地は最悪だ。下は石だし、空気は籠っていて臭い。しかし、眠ってしまえばそれは分からない。慣れてしまえば、当たり前の環境になる。住めば都、少し違うかもしれないがそんな感じだ。
つい先ほど、僕は目覚めた。だが、眠たい。時間の感覚も日付の感覚も失った僕には、自分がどれだけ眠っていたのかは分からない。一つ言えるのは、僕の起きている時間は外で暮らしていた時よりも遥かに多いということだ。
(眠い……)
一度目覚めると中々眠れなかった僕が、こんなにも眠ることが出来てしまうなど予想外だった。することが何もないからか、責任を放棄したからか、これもまた分からないが目を瞑ればそのまま寝ることが出来た。
(お腹が空いた……)
飢えが目覚める度に増していく。この環境が悪いのかもしれない。人が多くいるのだ。僕にとっては、ご馳走と一緒にいるのと何ら変わりはない。食事が目の前にあるのに、僕はそれを食べることが出来ない。鍵はかかっていない。どうにかすれば、喰らうことも出来る。しかし、それは駄目だ。何故なら、この体に力を蓄える訳にはいかないから。
それが分かっていてなお、果てのない食欲が僕を埋め尽くす。その現実から目を背ける為にも、僕は眠るという手段を使っていた。それは今の僕にとって別に苦ではないし、難しいことではない。
(寝よう……)
目を閉じて夢の世界へと身を委ね、現実など忘れてしまおう。夢の中でなら、僕は幸せになれる。泡沫でも、所詮は夢でも。幼い頃、思い描いた未来。叶わなかった現実。苦しかった過去。奪われた今。現実は全てが苦しい。
しかし、僕が見る夢の世界は違った。家族が皆揃って、笑顔で食卓を囲む。夢の中では、夢であることを忘れられた。夢の中ではそれが現実だった。現実と夢の差が大きい分、戻った時の反動はでかい。それでも僕は、泡沫の幸福にすがった。
「ふわぁぁぁ……」
汚くて暗くて臭いこの空間で、僕は僕でいる時間を過ごす。
(どうか……幸せに)
そう願った時だった。
――本当にいいの? 君はそれで――
それは唐突だった。今まで、僕の問いを無視し続けた化け物が何かを思い出したかのように話を切り出す。
――まだ君は成し遂げていない。君の夢を……その夢は夢の中では果たされないよ。僕の見せてきた夢の中では絶対に――
(全部……化け物が?)
――これが最後だよ、もう君が君でいられる時間はない。君が僕を支配出来なかった時点で……それは決まっていた。でも、大丈夫。何にしても、君の計画を邪魔するつもりは毛頭ないよ――
その化け物の声は笑っていた。
――乗り越えるべき壁を乗り越えなくて、何が男だろうね? だから君は弱いまま……永遠に追いつけないんだよ。嗚呼、十六夜と同じじゃないか。アハハハハハハハハハ……――
「違う!」
声が響き渡る。
――違うものか。結局、成し得なかった。君は……父親の背中にも触れることは出来ず、横にも並び立てず、追い越すことすら叶わなかった――
「うるさい! 消えろ!」
僕は耳を塞いだ。その行為は意味を成さないことを知っていた。
――何度でも言ってあげる。夢は終わり……そろそろ現実で夢を果たす時だよ――
その無様な行為を内面から見た化け物は、それからもずっと僕を罵り続けた。