僕は君
―地下牢獄 夜―
僕は興津大臣を引き連れて、地下牢獄へと来ていた。そのことに誰も疑念を抱かない。
「いよいよですね」
背後に立っていた興津大臣が、楽しそうに言う。
「君には色々任せることがある。君を信じているよ」
「巽様の口からそんな言葉が出るとは……私にお任せください」
そして、いよいよ中へと入る。看守は当然のように横へと避けた。
「……ここにいる囚人達は、美月の為に使ってくれ。僕が栄養を取れない代わりに」
「そのための監視対象者ですか」
「あまり労力を失いたくはないけど……行動を起こしたのだから仕方ない。美月が目覚めるまで続けて欲しい」
僕らの声と足音だけが、この空間で響く。
「無駄にはしない……」
ゴンザレスがいるのは、真正面の奥だ。かつて、大人の小鳥が閉じ込められた場所と同じ。
「ううぅぅ……」
唸るような泣き声が聞こえた。こうなることも覚悟の上だったはずだ。それなのに、どうして嘆くのか分からない。馬鹿馬鹿しい気持ちになりながら、ゴンザレスのいる場所まで辿り着いた。
「やぁ、気分はどう?」
およそ一カ月ぶりの再会。飲まず食わずで生活していた割には元気そうだ。横向きに寝転がっている。僕は暗闇でもはっきりと見えるが、ゴンザレスは薄っすらとしか見えていない為か、恐る恐るといった様子で声を出す。
「え……マジ?」
そして、ゆっくりと起き上がり鉄格子を掴み、顔を近付ける。
「本当にお前なのか? 出られるってのは……マジ?」
状況の整理がつかない様子で、ゴンザレスは僕の顔を見ながら硬直した。
「あぁ、そうだよ」
僕は牢屋の鍵を開ける。無機質な音が空間全体に響き渡った。
「……嘘じゃなかったんだな。おまけでも」
「ただし、色々条件はある。それは彼女から聞いて欲しい」
僕は背後の興津大臣を手招きして、前に来るように指示した。
「彼女?」
ゴンザレスの位置からでは、興津大臣は見えなかったようで首を傾げた。
「お久しぶりです。ゴンザレスさん」
「あー!」
彼女の声を聞くなり、ゴンザレスは笑顔を浮かべて大声を上げた。声が反響して、頭が痛い。相変わらず煩い声だ。
「マジ可愛いわ……このゴミ&糞みたいな環境劣悪食料皆無自由強奪地獄へと送り込んだ野郎とは大違いの美しさだわ……久々に見るとなお素晴らしさが分かるわ。てか、なんか表情変わった? 凛々しいってか……まぁいいや! 出られるんなら何でも!」
ゴンザレスは、開けられた扉から颯爽と飛び出して彼女の手を激しく上下に揺らす。それに対しての彼女の反応はなかった。
「……参りましょう、巽様」
そう言って、彼女はゴンザレスの手を引いて牢獄の外へと向かって行く。
「は? え? どういうこっちゃ? なんで? おぉぉ? え? 待って待って! おーい!」
唐突に「巽様」と呼ばれ、そのまま外に連れ出されていくゴンザレス。
(お前はもうゴンザレスじゃない。僕がゴンザレスで、ゴンザレスが僕だ。さて……)
ゴンザレスは引きずられて外へと出て行った後、看守が入口を閉めた。それを確認して、僕は鉄格子の扉を潜った。
(本当の地獄はここから……か)
僕はその場に寝転がった。ゴンザレスらしくある為に。