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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十八章 すれ違ったままの心
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主に刃を

―廊下 朝―

 あれから数週間、僕はまだ人間の姿を留めていた。もう準備は十分だ。今日にでも、僕はあいつと入れ替わるつもりだ。


(見納めになるかもしれないな……)


 窓から城下町を眺める。あまり行くことはなかったが、活気溢れるいい場所だった。流通の基礎、最も人が集まる場所。もしも、願いが叶うのなら城下町で皆と買い物をしたい。


「ふふ……」


 思わず笑ってしまった。何故、笑ってしまったのか自分でも分からない。最近、こういうことが以前よりも増した。

 確実に、僕は化け物に侵食されている。そのことを問っても、化け物は何も答えてはくれない。


(ん?)


 背後から気配を感じた。すぐにそれが近寄ってくるのが分かる。足音は消しているが、匂いまでは消えていない。その者からは強い殺意を感じた。


(馬鹿だなぁ……この程度で、僕は死なないのに)


 僕はそいつの腕を掴み、そのまま前へと投げ飛ばす。この匂いを僕は知っている。前に一度、この場所で嗅いだことがある。


「くっ!」


 不意打ちを狙ったつもりだったのだろう。尻餅をついた彼は悔しそうな表情を浮かべる。僕は彼の名を知らない。顔を合わせたことがあるのは数度だけ。まともに話したのは、最近会った一回きり。僕は彼の腕を掴んだまま、笑って見せた。


「どういうつもり?」

「……どういうつもりも糞もあるものか! 貴方は民のことを殺すつもりですか!」


 彼は酷く怒っていた。


「殺す? 駄目だよ。彼らは、国の為には必要な存在なんだから……」


 僕がそう言うと、彼はさらに声を張って叫んだ。


「無限に金の湧き出る物とでもお思いですか!? 民は生きているのですよ! しっかりとその目で見たらどうですか? 城下町の廃れ具合を!」

「廃れる? どうして」


 人の最も集まる場所が廃れる姿など、容易には想像出来ない。


「貴方が課した税のせいですよ! 収入の三割? ふざけるな! 商人ならまだいい……しかし、農民達はどうなる? 僅かな稼ぎでやっとの生活をしていた者がほとんどです。彼らは生きていく為に、農作物を売り渋るようになった。農作物が手に入らなくなって商店が値上げをする……」

「売らなかったら、収入を得られないのは当然だろう」

「その場、その時のことしか考える余裕ことがないってことです! あのような税はまだ我が国には早過ぎるのです! それをどうしてもやると言うのなら、収入が多い者だけで十分だ!」


(ここから見たら、廃れ具合はよく分からないな。まぁ、どうでもいいけど)


 僕は再び彼を見つめる。正義感に燃える目、間違ったことはしていない、そんな思いが伝わってくる。自分は正義で、僕は悪だと。


「それで? 民はなんて言ってるの?」


 僕は微笑んだ。


「……何も言っておりません」


 彼は唇を噛み締める。この異常な状況を飲み込めないのだろう。僕の所為でこうなっているのに、不満漏らす者が少ないことに。不満を漏らす者も、その雰囲気に飲み込まれて何も言わない。だから、誰の耳にも届かない。


「でしょう? 仕方のないことだよ、皆で不幸になればいい。そうすれば、いずれ分かるはずさ。幸福は、そう簡単に手に入るものではないことが。でも、君の話を聞く限りでは裕福な者はそんなに不幸になってないみたいだね」


 僕がそう言うと、彼は目を見開いて固まった。


「収入の多い者にはそうだなぁ、持っている財産の分に適当に税率をかければいいのかな? まぁ、その辺は大臣に任せるとするよ。有難う、君のお陰で大切なことに気が付いたよ」


 彼の手から包丁が落ちた。


「でも、君がこうしたことは許せない」


 僕は指笛を吹く。すると、どこに隠れていたのか武者が大勢現れる。


「監視対象者の投獄でございましょうか」


 武者の一人が跪いて言った。


「うん、主に刃を向けるなどあってはならぬこと。その罪はとても大きいよ。それに、こんな包丁程度で僕を殺せる訳もない。君が、ずっと出世出来なかった理由も分かる気がするな」


 僕は落ちた包丁を手に持った。そして、僕の腹に突き刺した。それを見た彼は「あぁぁ……」と情けない声を漏らした。零れ落ちた血が床を染めていく。


「こうしたかったんでしょう? どうしてそんな表情を浮かべているの? これで満足だろ? 僕は……平気だよ」

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