それはただの伝説か?
―洋風庭園 夜―
僕は長椅子に座りながら、興津大臣から貰った肉を頬張っていた。座れるようになるまで回復したのは、ついさっきだ。新鮮ではないが、御霊村のものだ。新鮮でない分、回復の速度は遅かった。僕の横たわっていた場所がちょうど、植木の陰であったのが唯一の救いだった。
「美味しいんですか? 生で食べて」
興津大臣は、不思議そうな表情で肉を見つめる。
「……これしか美味しくないんだ。というか、そうしたのは十六夜だ」
「あぁ……流石の私にも生肉は食べることは出来ません。羨ましい限りです」
彼女は頬を赤らめながら、僕の手に触れる。
「羨ましいだって?」
僕は好きでこんな物を食べている訳ではない。食べたい訳でもない。食べざるを得ないから、食べなければ城の者を襲ってしまう可能性だってあるから、仕方なく獣肉を調理せずに食べるのだ。調理をすると、焦げた肉を食べているような気分になる。肉以外を食べれば吐き気に襲われる。一度は、その苦痛から解放された。
しかし、それはあっという間だった。それなのに、全てを知っているはずの彼女が羨ましいと言ったことに強い不快感を感じた。
「知っていますよね? この国には、巽様以外にも生肉を食べる者達がいることを。彼らは、別にそれ以外が食べられない訳じゃないんです。でも、それが文化で風習だから彼らは食べるんです。だから、きっと私も頑張れば食べることが出来るようになるはずなんです。ですが、どうしても気分が悪くなってしまって……」
「御霊村のことだね。どうして彼らは……不思議だったよ」
彼女の謎の努力の話はこれ以上広げたくはない。それより、御霊村の話を聞きたかった。もしかしたら、彼女は何か知っているかもしれない。
「フフ、簡単ですよ。彼らの先祖が、巽様と同じだったからです」
「え……?」
「少し考えれば分かることではありませんか? 御霊村に住む者達以外は生肉を食べたりしません。しかし、彼らは食べる。それは親や祖父母がそうであったから。それを繰り返してきた結果が、現在の御霊村なのです」
「それだけで、先祖が僕と同じ化け物だったって言えるの?」
「巽様は伝説を聞いたことないんですか? 獣が人里を荒らしたという話です」
「いや、知らない」
伝説とか伝承とか、おとぎ話とか所詮は全て作り話だ。そんな物を知りたいとも思わないし、興味がない。ずっとそれを避けてきた。彼女の顔を見る限り、知らない僕の方が稀であるみたいだ。
「常識問題ですよ。その獣はその里に住む人だったんです。正体がバレて、殺されてしまうのを恐れた化け物は行方をくらませたそうです。その里には平穏が訪れましたが、そこから少し離れた御霊山の近くで悍ましい化け物を見たという噂が広まったとか。巽様、所詮は伝説だと思って馬鹿にしない方がいいですよ。もしかしたら、それは……事実かもしれませんから」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
挑発的な笑みを浮かべる彼女を横目に見ながら、僕は肉の破片を口へと放り投げた。