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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十八章 すれ違ったままの心
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恋心

―異空間―

 蚊帳の外とは正にこのことだ。僕なんて、二人には見えてない。いてもいなくとも一緒。


(血の匂い……どちらも酷い怪我みたいだね)


 二人が遠くで戦っている為、僕には明確な状況は理解出来ない。だが、匂いと音でなんとなくの様子は感じ取れた。


(お腹が空いてくるな……)


 興津大臣は自分で殺したいと言っていた。邪魔をすれば何をしてくるか分からない。おかしな人間は悍ましいことを平気でする。そんな気が触れた人間に、今の僕が抗う術はない。

 息を吸えば肺付近に激痛が走るし、額からは血が絶え間なく流れてくる。体を動かしても動いたという感覚はないし、ただ激痛が走るだけだ。

 先ほど、腕を無理矢理上げた時、いくつかの指がおかしな方向を向いていた。飢えで気が狂いそうだが、余計な手出しはしない方が身の為だ。


(これでも死なないのか……はぁ、気持ち悪い)


 人間らしさなど、もう微塵も残っていない。人の形を保っているだけで、中身は正真正銘の化け物だ。挙句の果てに、その人の形すらも失おうとしている。

 先代の王達は、不死身の苦しみを何とも思わなかったのだろうか。父上もおじい様も、そういう意味では人の形をした化け物であったはずだ。気付くことがないまま、王を退位したのだろうか。僕のように、苦しんだことはなかったのだろうか。


(あっさり退位出来たらどれだけ楽かな。それが出来たら、こんな面倒なことしなくて済んだのに)


 父上のように病に伏せることもなかった。今思えば、父上はあの時絶対に死ぬことはなかったのだ。いや、死ぬことはなかったからこそ藤堂さんを見つけ出すことが出来たのかもしれない。

 そして、おじい様のように王位継承する年齢まで生きることも出来ない。もう僕には何も出来ない。王としての務めは、果たせることはない。後悔しかない。やり直せるのなら、全てをやり直したかった。


「きゃあ!」


 隣に興津大臣が転がって来た。しかし、すぐによろけながら立ち上がる。その足は震えていた。怯えによるものではなく、体重を支えることが難しくて震えているのはよく分かった。支える力さえも失いかけている。それなのに、彼女は諦めていない。それは、全て十六夜を殺す為の執念によるもの。


「若菜はよくやってくれた……こうなってしまったことは嘆かわしいが、丁重に葬ってあげよう」


 戦況的に見れば、彼女は不利な立場だ。


「……葬るのは私です! もう貴方は生きていても面白くない……刺激を与えてはくれない」


(迷惑な恋だな)


 恋の為に、国を巻き込んで裏切った。彼女には、それ相応の報いを受けて貰う必要がありそうだ。


「これで終わりだ!」


 僕は何もしてはいけない。後で何をされるか分からない。そもそも、もう何も出来ない。出血量と空腹が力を奪っている。

 だが、まだ何か声を発することなら出来る。


「君を終わらせるな……あいつを終わらせるのが、君の願いだろう! 君が殺りたいって言った! なら、それを全うしろ! 国の為に!」


 残りの力を振り絞って僕は叫んだ。十六夜が使った魔法が空間を埋め尽くしていく。僕の言葉で振り返った彼女は、僕を少し驚いた表情で見下ろすと、不敵に微笑んだ。そして、再び正面を向く。


「……駄目です。私の為じゃないと。だって、面白くないじゃないですか? ここまで負けてしまうのも……退屈です。私を誰だと思ってるんですか? ずっとずっと……あの人の為に尽くして来た女ですよ。防ぐ手立てくらい……分かってるんですよ!」


 彼女の体は光を放ち始める。残り全ての力を使うつもりだ。禁忌の中でも、最も恐れられている魔法。魔法を扱う国々が使うことを禁止した魔法。

 この空間が壊れ、人に被害が及ぶのが最低限度で済むのが唯一の救いだろう。全ての理を秩序を規則を破壊する魔法。空間そのものの破壊、その空間にある物全てを破壊する魔法。それを使えるのは、魔力が人より強い者だけだ。そして、その者も力を使い切れば塵となり消える。


「どうして若菜が!」

「そのために沢山の人を殺したんです。フフ……やろうと思えば、何でも出来ちゃうんです。この空間で死ぬのは貴方一人。私は……人並み程度しか生きることが出来なくなってしまいますが!」


 異空間だからこそ、被害は最低限度。僕だからこそ、その魔法の影響も受けない。興津大臣が非道だからこそ、彼女は消滅しない。あらゆる必然が重なって、彼女の願いは果たされる。


「あうがあぁぁぁあぁがが!」


 十六夜の、人とは思えないような叫び声が響いた。そして、鏡が割れるように空間が壊れていく。美しかった。僕はやはり無事だった。興津大臣も十六夜を見つめながら、佇んでいた。

 やがて、十六夜の姿が溶けていく。完全に溶けて消えていく瞬間、十六夜の声が微かに聞こえた。


「に……さ」


 そして、眩い光が僕らを飲み込んだ。

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