使命と夢と願い
–秘密の道 夜―
僕らの拳のぶつかり合う音が夜道に響いた。
手に巻かれている包帯は既に赤く染まって、一部は取れかかっていた。そこから血がポタポタと流れ落ちる。
「本当酷い怪我ね。魔法療法を使っても、そこまでしか治らないんだもの。痛々しいわ。まぁ、休まなきゃいけないのに、こんなことしているからそうなるんだろうけどねっ!」
睦月は、そう言いながら僕を蹴飛ばす。僕は空中で体勢を持ち直して、地面に着地した。
「僕の体なんて別にどうでもいい。いつかは治る怪我だ。でも、国は違う! 一度崩壊すればもう元には戻らない。そうなれば永遠にその記録がどこかの国の記録に残ってしまう。不名誉だ。だから、睦月の願いも幸せを望む訳にはいかないんだよ!」
僕は、強風を睦月に向かって吹かせる。最近は風が強いのもあって、威力がいつも以上だ。
「っ……あんたに何が分かるのよ!」
飛ばされないよう必死に、手をこちらに向け、足に重心をかけているようで険しい表情を睦月は浮かべている。
「分かるよ……分かるから……苦しいんだ」
しかし、僕の声は風によって掻き消されてしまったようで睦月から返答はなかった。
「でも、僕の夢まで奪わないでくれっ! どうせ壊すならこの世界の存在事壊してよ!」
「え? 壊せ? は? 何?」
(僕の夢。それは、父上のようになって、この国の名誉を守ること)
僕は、ゆっくりと睦月に歩み寄ろうと足を動かした。
「もし睦月の願いを叶えるなら僕の願いも叶えないと駄目だ。じゃないと夢が叶わない。王としての使命も果たせない……! っ!」
しかし、上手く力が入らず、僕は少しふらついてしまった。それに反応して、睦月は伸ばしていた手を横に動かす。
すると、風が僕に向かって跳ね返って来る。僕は、上手く進めない。そこで、僕は睦月の得意な魔法を思い出した。
(嗚呼そういうことか。僕の起こした風を吸収して、自身の力を使わずとも風を起こす……跳ね返し。睦月は昔から、自分の力を使った魔法は苦手だったからね。その代わり技術を身につけた。これもそうだったね。すっかり忘れてた)
「……全然聞こえないんだけど!」
「聞こえた所で、どうせ聞かないくせに。自分達にとって、都合の悪いことは聞きたくないだろう?」
僕は大きな声を出したかったが、それが出来なかった。風に押されているからとかではない、何故だか息苦しいのだ。
(まさかこんな時に、気が緩んだ訳ではないのに、かなり気を張っているのに……)
爪がどうなっているかは、包帯によって隠されていて分からない。でも、いずれ包帯を突き破って出てくるだろう。
(そうなったら睦月にこの姿を……どうすれば……)
風も収まらないし、息苦しさも増していく。僕は立つのも苦しくなって、その場に崩れ落ちた。
(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……でも、もう駄目だ。だったら睦月達にはどっかに行ってもらうしか……仕方ない。くそっ!)
睦月は、驚いたのか風を起こすのをやめた。睦月も、僕と同じでこのようなことをしたい訳ではないのだ。ただ、自分の我が儘を通す為に、こんなことをしている。
「巽!?」
僕に近寄ろうとしたのだが、僕はそれを制止した。
「睦月、僕の負けだよ。これ以上やったら僕おかしくなっちゃうかも……あはは。だから、もういいよ。東と幸せになりなよ。後は、僕がどうにかするから……」
奥の茂みから東が状況を察したのか、慌てて出て来た。
「えっと、これは? 俺ら一体どうすれば……」
(苛々する。もう行っていいって言ってるじゃないか。何でこうなったら行かないんだよ! 自分達の扱いがどうなるか不安みたいな感じか? なら……)
「行けって言ってるだろ! もう僕らは姉弟でも家族でも何でもない! 東も城に使える使用人でも何でもない。二人はただの赤の他人だ。睦月と東は、化け物に襲われて死んだ。僕は、それを救えなかった未熟な王。これだけちゃんと考えたんだ。安心してさっさとどっか行ってよ! 早く!」
必死に声を振り絞って叫んだ。息苦しさが増して、意識も朦朧とする。そして、僕は一番どうなっているのか分からない顔を地面に伏せた。
「分かった。行こう、東」
睦月は、沈んだ声でそう返答した。
「お、おう」
東は、ずっと何が何やらという感じだったが、すぐに、二人の走って去って行く音が聞こえた。
ゆっくりと僕は顔を上げた。もう二人の姿は闇に隠され見えなかった。
(間に合った。でも、僕は、もう戻れないのか……)
寝転がったまま、自身の手を見た。すると、案の定包帯を爪が突き破っていた。
(王の使命は国を守ること。僕の夢は父上のようになること。僕の願いは世界の終焉。矛盾している。もし、願いが叶えば僕の秘密も嘘も、国の崩壊も全て消える。昔諦めたこの願いは……)
――挑戦すれば叶う――
その誘導する様な声が脳内で響く。
(挑戦すれば……叶う?)
――そう、叶うんだ――
初めてこの声に返答した。すると、会話が出来た。おかしくなり過ぎてしまったのかもしれない。
――僕に全てを委ねて? 大丈夫、僕が叶えてあげるから。君は眠ってていい――
その声が響いた瞬間、頭が割れそうな程、激痛が走った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
この声がどこまで響いたのかは分からない。僕は、自分のその発する声を聞きながら意識の奥底へと落ちてしまったから。




