兄弟
―洋風庭園 夜―
夜になった。でも、僕はいつも通りにしているだけでいいらしい。そのいつも通りが僕には分からない。僕は、いつも何をしていただろうか。仕事をしている日もあるし、鍛錬をしている日もある。そして、今日のように何もしない日もある。
「はぁ……」
長椅子に座って、僕は空を見上げる。今日、星は見えない。何故なら厚い雲が空を覆っているから。冷たい風が頬に触れる。気が付けば、もう秋だ。
夏がようやく訪れたと思ったのに。日々が月日が年月が、あっという間に流れる。大人になりたくない、ずっと人でありたい。そう願い続けていた、でも時は残酷だった。
(嫌だな。でも、逃げる訳にはいかない)
最期にせめて、星を見たかった。こんなにのんびり出来る時間などもうない。いつもは見上げたらそこに星はあったのに、こんな時に限って見れないなんて、僕は不運で不幸な存在なのだろう。
(……あいつは来ているのかな。ずっとここでいつも通りにしているつもりだけど……まだかな)
さっさと現れて欲しい時に限って、あいつは現れない。さっとこの世から消えて欲しい。真の意味での平和を取り戻す為には、あいつの死は必要不可欠。化け物も国の平和を脅かす存在は、全て消え去ってしまえばいい。それが果たされるなら、どんな卑劣な手段でも構わない。
(僕の演説を聞いていたとしたら、何て言うんだろうな。薄っぺらいものだと嘲笑ってきそうだな)
夕刻にやった演説、これからのことを考えてやった僕の為の演説だ。でも、これは結果的には国の為になる。国民にここにいるのは王である僕で牢獄にいるのが化け物だと、王である僕が化け物であるはずもないと認識させることが重要だった。
化け物の力を使ってそれを認識させた。滑稽なものだが、使えるものは使わなくてはならない。
「そんなに儚い表情で空を見上げて、何があるって言うんだ?」
「っ!」
声のした方へ、僕は顔を向けた。正面にあいつが立っていた。少し離れている距離ではあるものの、見下しているのはよく伝わった。罪を重ねた僕を嗤っている。しかし、興津大臣の姿は見えない。
「ひさしぶりだな、あの船で語り合った時以来だ。そういえば聞いたよ……もう一人の巽を化け物ってことにしたんだって? ハハッ、酷いなぁ。流石の私も真っ青だよ。自身の罪を背負わせるなんて流石だよ。冷酷な巽の父親そっくりじゃないか」
僕は立ち上がった。そして、十六夜の目の前にまで迫った。手を出してはいけない、それを、必死に自分に言い聞かせてただ睨んだ。
「殴りたいんだろ? 巽はすぐ怒るからね、特に、父親のことになると。自分が馬鹿にされてもいいのに、どうして父親だけそんな態度なんだい? 私はずっと疑問だよ」
「関係ない」
「それがおじに対する態度かい?」
「あの時からお前のことを叔父だと思ったことなどない。ただの犯罪者だ」
「フフフ……ハハハハハハ! 巽がそれを言うのかい?」
十六夜は腹を抱えて笑い始めた。その時だった、興津大臣の匂いを感じたのは。十六夜の方向からほのかに感じる。ゆっくりとこちら側に近付いてくる。これは、人間であれば感じないものだ。
(もっと、こっちに気を逸らさせてあげるよ)
「言うよ。今までのことって全部父上に見て欲しいからってやってるんでしょ。僕知ってるんだよ、思い出してるんだよ。お前のやって来たこと全て! 嘆くように言ってたことあるよね? 『いいことで注目を浴びるのは難しい、だけど悪いことをすれば信じられないくらい簡単に見て貰える、兄さんだってそうだった』って。いい迷惑だよね、父上が!」
嗤ってやった。封じた記憶は、こんなにもあっさりと僕の手元に戻って来たということを証明してやる為に。今までの仕返しだ。それを聞いた十六夜の顔からは、やっと笑顔が消えた。