番外編 王の演説
―? 城下町 夕刻―
城下町には、いつも以上に人が集まっていた。私もその一人。皆、眩しそうに見上げている。これは、太陽を見ようとしている訳ではない。
「聞け! 皆の者!」
最近出来たばかりの時計塔の上に立つ人物が、ようやく口を開いた。本来、そこは立つべき場所ではない。しかし、そのことを誰も咎めないのは彼が王だから。昼に突然、王がここで演説をすると告げられた。
そして、その彼が声を発した瞬間、騒がしかった城下町は一気に静まり返った。
「先日、国の秩序を破壊する存在……化け物を捕らえた!」
(え!?)
それを聞いた私は驚き、安堵を覚えた。それは周りも一緒のようで、歓喜に沸く声が聞こえた。だが、一つ私は疑問を覚えた。
(どうして、それをわざわざこんな形で?)
今までの美月様の件や睦月様の件も、全て新聞やテレビなどから伝えられた。一度も、このように王から伝えられたことはない。この言い方ではあれだが、化け物程度だ。
確かに、生活を送る中で化け物は恐ろしい存在だった。でも、睦月様や美月様に起こったことを比べれば……それこそ間接的な手段でいいのではないだろうか。
「もう未知なる恐怖に怯える必要はない! 隣にいる人間を疑う必要もなくなる! 当たり前のように人を信じることが出来る! 疑心暗鬼の生活はもうおしまいだ!」
彼は手を上に掲げた。勝利を高らかと天に向けるかの如く。
「流石は我らが偉大なる王だ!」
「ありがとう王様!」
「もう何も怖くない!」
「国王陛下万歳!」
誰かが両手を挙げた。すると、それにつられて皆が万歳三唱をし始めた。それは周りが自主的にし始めたこと、それだけの喜びがここにある。私だって嬉しい。だから、私も大きく両手を挙げた。
「万歳!」
喜びと感謝を込めて、王に向かって声を上げる。一体となったこの空気は嫌いじゃない。誰かと気持ちを分かち合えるのは幸福なことだ。そんな私達を見て王は微笑んだ。そして、口を開く。
「もう一つ聞いて欲しいことがある!」
「なんだ?」
「どうしたのかしら」
万歳三唱の声が少しずつ収まって、この場にまた静寂が訪れる。
「これは……当たり前のことなんだけど」
王の目が輝き始める。意識がそれに引き込まれていくようだった。
「ここにいるのが僕で、捕まったのは化け物だ。分かるよね? 僕は化け物とは無縁だ。勿論、化け物であるはずがない」
(何を言ってるんだろう、王様は。そんなこと当たり前でしょ。王様が化け物であるはずがない……そうあるはずが)
「いいね? 僕はこれからも君達と国を守る。王として、この国を愛し生きる者として、ね」
しばらくその言葉が私の中で反響した。私が再び塔を見た時、王はもうそこにはいなかった。あっという間に終わった演説であったが、私の心に強く残った。そして、改めて王について行こうと思った。