僕じゃない僕が
―皐月の部屋 昼―
「うー!」
部屋に入るなり、警戒心高めの猫のように皐月は唸り始めた。やはり、根に持っていた。色々片付けた後、詫びの品を持ってここに来た。
「まだ怒ってるの?」
「怒ってないもん!」
怒っている。床に寝転びながら、鋭い視線を僕にぶつけてきているのだから。子供とは言えども怖い。
怒ると分かっていて、あの発言をした僕に非があるのは明らかだがあの場では仕方がなかった。
「兄様の馬鹿馬鹿馬鹿!」
皐月は、床に無造作に置かれていた積木を僕に投げた。咄嗟に、それを避ける。当たっていたらひとたまりもない。後ろの壁に当たって、鈍い音がした。
「兄様、皐月との約束破ったし、皐月のこと子供扱いした! 兄様最近変だよ。目の色のせい? 目の色が変わったから兄様も変わったの?」
「皐月……」
(……やっぱり子供には効かないのか)
欺けたと思っていたのだが、また逆にこちら側が欺かれてしまっていたようだ。僕よりずっと年下なのに、僕よりも上手だ。
しかも、化け物の力が効かない。だから分かるのだ、この目のことが。閏も目覚めれば違和感を覚えるだろう。他の使用人見習いや、生真面目な人間も欺くことは出来ない。便利だが、使い始めると不便な点が多く見つかるものだ。
「皐月を、子供扱いしたことは悪いって思ってる。だから、これ」
僕は魔法でお菓子を取り出した。この手から溢れてしまいそうなほどに、お菓子を準備した。普段は中々食べることが出来ない、国民の間で流行っているお菓子を使用人に買いに行かせた。脂分が多くて、体に悪いからという理由で本来なら食べることは出来ない物もある。
だが、僕は食べたことがある。こっそり城から抜け出していた時に食べたのだ。初めて食べた時は本当に感動した。こんなに美味しいお菓子があるのだと。さらには、普段駄目だと言われている物を食べた時に感じた楽しさは忘れない。
「……お菓子で解決しようとしてるでしょ」
皐月は頬を膨らませた。流石に、もう子供騙しは通用しないだろうか。
「でも、美味しいよ?」
僕は持っていたお菓子を、全て皐月の目の前に置いた。皐月の目の前に、お菓子の山が出来た。大人でも惹かれるのではないだろうか。
「怒られたら兄様のせいだよ」
「こっそり食べれば怒られないさ」
「いけないんだよ。そういうの」
「でも、皆は食べたことがあるんだよ。国民達は普通に食べてる。それなのに、僕らだけ禁止されるんだ。おかしい話だと思わない? 皐月だって、使用人や武者達が食べてるの見たことあるでしょ。いい匂いしたでしょ、食べたかったでしょ。別に悪いことではないんだ。悪いのは、変な慣習さ」
「でも、怖い。私達の中では悪いことだもん」
皐月はお菓子の山を見つめながら言った。怒られることを恐れている。皐月は、前抜け出した時に散々怒られたと聞いた。少しだけ大人しくなったのは、多分その為だ。
「……そう、じゃあ僕が貰おうかな」
すると、皐月は勢い良く顔を上げた。
「駄目!」
「どうして? 食べないんでしょ」
「でも、皐月にくれるんでしょ? だったら皐月の自由だもん」
皐月は、お菓子の山を抱き締めた。
「フフ、分かったよ」
多分、後で食べるだろう。皐月は、無類のお菓子好きだから。
「じゃあ、僕は行くね」
僕は皐月に背を向けて、扉の取っ手に手をかけた。その時だった。
「待って!」
皐月が慌てて、ドタドタと走ってくる音が聞こえた。そして、僕の足に抱き着いた。
「絶対絶対絶対絶対いなくならないで……皐月いい子にするから。兄様と一緒にいたいよ……」
「大丈夫だよ、それだけは守るから」
僕じゃない僕が、その約束を守る。その時には僕は僕じゃない。その約束を守るのは、僕になったゴンザレス。僕はゴンザレスになったまま、化け物として終わる。これで歴史に汚れはつかない。僕は、今度こそ全てを守るのだ。
震える皐月の頭を撫でて、僕は笑った。