意識を運べ
―ゴンザレス 実技室 朝―
一言で、この状況を言い表すことは難しい。ただ、あえて簡単な言葉であっさりと伝えるのなら――。
「うぜぇ」
誰も俺の言うことを信じてくれない。今まで俺は皆に嘘をついた覚えはない。狼少年ではないというのに、この熱い掌返し。
確かに状況とか見たら俺しかいないのかなとか思うけど、でも違う。それを物的証拠で証明出来たらいいのだが。
「つか、いつまでこのままなんだ? 俺は」
鎖でぐるぐる巻きにされ、息苦しいし体が痛い。魔法もまるで使えないし、俺は死にそうだった。友人だと思っていた奴には罵倒されながら踏みつけられるし、人間扱いされないし、もう最悪だった。俺のこの状況を小鳥に伝えることが出来たらいいのだが、この有様では無謀な願いだ。
「くそぉぉぉぉぉ!」
「うるさい奴だな、こんなことになっても」
声のした方へ頑張って顔を向ける。これでは簡単な行動すらも難しい。当たり前とは当たり前ではないということに気付かされる。
「いつからそこにいたんだ、てめぇ」
「口が悪いな。僕は普通に扉を開けて入って来たんだよ。気付かない方が問題だよね、喚き散らしているからだよ」
黄色い瞳で俺を見下す。少し前に、意味不明なことを言って勝手に出て行ったと思えば今度はこれだ。巽は、俺より相当忙しい奴だと思う。感情迷子と名付けよう。
「お前のせいでこうなってんだぞ? あ? 分かってんのか? お前の口からちゃんと説明しろ! そうすれば……」
しかし、もう平和的な解決は難しいかもしれない。もっと前に、こうなるより前に巽が告白していれば……とめられなかった俺らにも責任はある。
でも、嘘を重ねず生きてくれれば、きっと今とは違った未来があったはずなのに。だからといって諦める訳ではない。今ある道で、こいつも国も世界も未来も救う。
絶対なんてないように、可能性が無にはなることはない。少しでも僅かでも粒子レベルでも、希望があるならそれを掴む。
「フフ」
巽は不敵に笑った。
(なんだろう、なんかめっちゃ変。今まで以上に気味悪いな)
「……心配しないで、結果的には自由になれるから。君は君でなくなるけど、僕も僕でなくなるから。それでいいでしょ?」
俺が、ギリギリ聞こえるくらいの囁き声で言った。
「はぁ?」
(駄目だこいつ、何言ってるのかさっぱり分からん)
結果的に助かるとか、その間接的な言い方に寒気がする。おまけ程度に助かっても嬉しくない。助かることメインで助けて欲しい。とにかくこの拘束を解いて欲しい。
「よし」
巽がそう言って扉を開いた。そこから四人の武者が入って来た。完全武装したその姿は、間違いなく敵意剥き出し。
「裁判なんて必要ない。悪はここにいる。地下牢に連れて行け!」
巽の差した指が、冷たく突き刺さった気分だ。
「は……?」
開いた口が塞がらなかった。戦々恐々と近付く武者達。皆、一緒に食事をした仲なのに。
「早くやれ」
巽が苛々を隠し切れない様子で言った。それで、武者達が急いで俺の周りを取り囲む。
「はぁぁ!」
背後で力強い声がした。正義に満ちた声、迷いなどない。同時に首から痛みが走って、そのまま意識は遠くへと運ばれた。