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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十七章 化け物の正体は
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見失った自分自身

―実技室前 早朝―

「だからぁぁぁ! 違うんだってばぁ! 俺はやってないの! 俺は被害者なの! 痛い痛い痛い! やめてよ!」


 部屋の前に行くと、すぐにうるさい声が聞こえた。どうやら大声で喚き散らしているようだ。


(朝から全く……)


 僕はため息をついて、実技室の扉を開けた。部屋に入ると、すぐに二人の影が見えた。ゴンザレスは鎖でグルグル巻きにされ、まるで青虫のように床に転がっている。それを熊鷹が見下ろしていた。


「おはようございます、巽様」


 熊鷹は会釈した。爽やかな朝の挨拶だが、この状況はちっとも爽やかではない。


「おはよう……」


 熊鷹はすっかり元気になっていた。一時、死にかけていたとは思えないくらい。あの時の出来事はなかったことにさせた。あれは夢だと言い聞かせた、化け物の力を使って。


「間違いなく、ゴンザレスが犯人です」


 熊鷹は言い切った。


「はぁ!? 何を根拠にそんな馬鹿言ってんすかぁ? 俺は化け物じゃねぇ! 俺は無実だぁ! ちゃんと事情を聞いてくれ!」


 ゴンザレスは大粒の涙を流しながら、僕を見て訴えた。


「巽様、聞くまでもありませんよ。もう証拠など腐るほどあるのですから。もう少しすれば、あの肉片が何の肉であるかが明らかになる頃です」

「だ~か~ら! あの肉は……飛び散った奴が俺の口の中に入って来たんだって! 俺が生肉食える訳ないじゃんかぁぁぁ!」


 ゴンザレスは、僕こそが化け物の正体であるとは言わなかった。僕の口からではないと危ういのか、それとも今この状況で言うことが危ういからなのか。

 どっちにしても、僕がここでそれを言われてしまうのは困る。ここでは魔法が魔法として成り立たない。


「僕は……もっと事情を……」

「聞かなくとも明らかです」

「聞けよ!」


 ――君の体、借りるよ――


「僕が聞きたいって言ってんだよ。ほざいてないで、さっさと出て行ってくれないかな? これは命令だよ」


 熊鷹は、驚きの表情を浮かべた。


「ですが……」


 僕は彼に近付いて、頬に触れた。僕が触れると、熊鷹は体をビクッと揺らした。


「歯向かうの? 不敬罪って……フフ、知ってる?」


 その言葉を出すと、彼は目を見開いた。そう、不敬罪は問答無用で地下牢獄へと送られる。全ては王のさじ加減一つ。人間は本当に恐ろしいことを考える。権力を永久のものにするために、こんな罪を作ったのだ。


「ご無礼を……お許し下さい。失礼致します」


 熊鷹は逃げるように部屋を出て行った。


「やっと……二人きりだ」


 僕は、青虫状態のゴンザレスを踏んでみた。


「イタタタタタ! 嬉しくねぇよ! てか……お前のせいだ。化け物さん。お前は何なんだ? どうして俺をさらってまで……」


 どうやら、見抜かれてしまったらしい。僕が僕であって、僕でないことを。


「凄く難しい質問だね。僕には名前がないんだ。でも、あえて僕の正体に名をつけるのなら……巽の中の化け物って所かな。意識を共有し、支配する存在。僕の力のままに巽は動く……彼には今意識がある。でも、今この状況をなんとも思ってないんだ。覚えていても不思議がらない。どうしてか分かる? それが僕の力だからさ……」

「はいはい、最後らへんは別に聞いてないから。そうか、お前が化け物の正体か。後さ、痛い」


 人を踏みつける時に感じることと、物を壊す時に感じることは同じだった。同じくらい悦楽を感じる。


「でも、あまりこの姿で彼を支配するのは大変でね。これは最後の警告だよ。余計な真似をするな。従わないのなら、痛みだけを永遠に与え続けてやる。ずっとずっと……僕ね、覚えてるんだ。巽の過去と、本体の過去と他の奴の過去。誰もが痛い思いをしてるんだ」

「すぐ自分語りだすな……どうでもいい。俺が、痛いってことに反応して欲しい」

「その痛い思いを皆にあげたいんだ……破滅と共に、ね」


 僕は、ゴンザレスを全体重をかけて踏みつける。


「俺はやってねぇからな……」

「うん」

「だから、その何か権力使ってどうにかしてくんね? 後、痛い」

「嫌だ」


 僕は足を降ろした。


「はぁ!?」

「おじい様と同じことだけはしたくない……したくないんだ。それに、余計な真似を……」


 僕は、自分が自分で何を言っているのか分からなくなっていた。僕が僕なのか、そもそも僕って何であるのか分からなくなってきていた。僕の考えていたことが、分からなくなっていた。


「あ、あぁ……ご、ごめん。僕は、僕? あ、違う? 無理、無理だ」


 気持ち悪い。自分に違和感を感じている。智さんの気持ちが少しだけ分かる気がした。僕はこの部屋にいたくなかった。叫ぶゴンザレスを後目に、部屋を出た。

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