見抜かれた優しい嘘
―? 夜―
「ここは……?」
気が付くと、僕は見知らぬ場所で座り込んでいた。そこは、気が生い茂った不気味な場所。風の音や風に吹かれる木々の音が怪しく聞こえる。
恐る恐る手を見ると、そこには僕の手があった。元に戻っていた。しかし、その手は血で汚れていた。安心感と驚きが同時に僕を襲った。
「どうして?」
「うぅぅ……」
人のうめき声がした。声のした方へ顔を向けると、そこにはゴンザレスがいた。
「ゴンザレス?」
僕は立ち上がった。その時見えた、足元にあった物……肉の欠片。それが何の肉なのか、考える間もなくすぐに分かった。
「あぁ、落ち着いてきた化け物の騒動が再び再燃か。皐月も怖がるな……」
(これが狙いだったの? それとも、ただ単にお腹が空いたから?)
化け物からの返答はなかった。答えるまでもない、と言った所か。僕は城で化け物の姿になった。ゴンザレスがいることから考えると、その姿で大暴れしたことは明らかだろう。
(でも、なんでゴンザレスを?)
ゴンザレスの様子を確認するため、僕は歩こうとした。すると足の方から、まるで皮膚が破れてしまうような痛みを感じた。そこから、血がとめどなく出ているのが分かった。切り裂かれた跡がはっきりと見えた。
鋭利な物で力強く。覗き込んでみると、その傷は深いことが分かった。白い物が見え隠れしている。この覗くという行為すら苦しかった。
(あぁ、厄介なことに……ん? 誰か来る)
遠くから大勢が近付いてくる足音と匂いを感じた。確実にこちら側に向かって来ている。もしかしたら、城の追手かもしれない。仮にそうでなくとも、この状況を見られてしまうのはまずい。僕は魔法を使って浮き、木へ上がった。そして、葉の陰で息を潜めた。
(痛い……血が……)
魔法を使ったことで、傷口からの出血がさらに酷くなった。僕の治癒魔法では、とても治せるような傷ではない。ポタポタと零れ落ちる血を、必死に服で押さえる。
「あの化け物はこっちの方に!」
「気配を感じる、構えよ!」
はっきりと声が聞こえる。葉によってその姿を確認することは出来ない。しかし、匂いや音、それだけで距離感ははっきりと掴めた。
「おい、ここに人が倒れているぞ!」
「こっちには肉片だ!」
「待て、これはゴンザレスではないか!?」
「……怪我をしている様子はない。だが、血塗れになってる!」
「まさか、こいつが?」
「分からん」
「と、とりあえず……ここに人やら獣やらが入らんようにしておけ!」
「こいつはどうしますか?」
「分からん」
騒がしい男達の会話が聞こえる。今はゴンザレスを取り囲んでいるようだ。
しかし、先ほどの会話を聞く限りではしばらくここを監視しているようだ。やはり、一刻も早くここから抜け出さなくては。
「う゛……」
意識が朦朧とする。もはや、手段を選んでいる暇などないだろう。
(大丈夫……僕は死なない。まずはこの怪我を治さないとね)
僕は魔法で存在を消していた、古い肉を取り出した。あまりいい感じはしない臭いがする。だが、効果を信じるしかない。
その肉を息をとめて、口に入れた。まるで苦い薬のような味だった。それでも、必死に食べ続けた。
「ゴンザレスは連れて行こう。ここに放置しておいても仕方ない」
「ですね、重要参考人って奴ですね」
「うるせ、さっさと行くぞ」
何人かが、ゴンザレスを連れて去って行ったのが分かった。しかし、まだここには数十人近くいる。
(傷は……どうだ?)
新鮮な御霊村の肉とは、やはり違って治癒は遅いようだ。ようやく血が固まってきている。
(完全に終わったら……瞬間移動を使おう。何とかなる、よね)
***
―皐月 巽の部屋 夜中―
(兄様……嘘つき……)
真っ暗になった部屋は怖かった。もう兄様の温もりは消えてしまった。少し苦しそうに窓から飛び降りた兄様は、まだ帰って来ない。兄様は嘘をつくのが下手くそだ。子供の皐月にでも、分かってしまうくらい。皐月に出来るのは、ただ無事を祈ることだけ。
(兄様……早く帰って来て)
すると、その祈りが通じたのだろうか。目の前に突然、兄様が現れた。思わず、驚いて声を出してしまいそうになった。
「はぁはぁはぁはぁ、はぁ……」
兄様はうずくまり、大きく呼吸を繰り返している。とても苦しそうだ。寝たふりをするべきなのか、兄様の様子が変だと誰かに伝えるべきなのか迷った。だって、兄様からは血の臭いがするから。
(どうしようどうしようどうしよう)
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
(ううん、迷ってちゃ駄目。皐月一人でもどうにかしてあげる)
兄様に触れた。最近、学者の先生に教えて貰った魔法だ。落ち着かせる効果のある魔法。まだ習ったばかりで完璧ではないけど。
(助けてあげる。皐月も頑張る)