破壊された塔
―ゴンザレス 自室 昼―
「はぁ……」
開いただけの本の上で、俺は寝ていた。いつもなら勝手に動く体も動かない。好奇心も働かない。それは、あいつのせいだった。
(俺とお前だけのくそ短いあんな会話で、俺は許されるのかよ……まだ罰せられる方が良かった。でも、もし罰せられたら俺はずっと……)
罰を望む俺と、罪が許されたことへの安堵を半々に感じている俺。自分の中で自分が整理出来ていない。でも、それはどちらも俺の本音。昔から、こういう所が嫌だった。どちらか一つ、選べない自分が。
(化け物に影響されてないあいつだったら……あの気持ちが本当だったとしても、許さなかったはずだ)
あいつは、邪魔な貴族が消えたことを喜んでいた。俺も知っている。俺が殺した貴族達が、皐月を嫌悪し差別していたことを。それは、あいつら兄妹にとっての大きな悩みの種だった。
貴族達の元締めが先々代の王、つまり巽の実の祖父母だ。俺はそいつらを消すことで、解決しようとしていた。だが、陸奥さんにとめられた。もしとめられなかったら、俺はまた昔みたいになっていたかもしれない。
(小鳥にいつか知られたら……それこそ俺の罰になるのかな、ハハハ)
余計な真似をし過ぎた。俺に求められているのは、そんなことじゃなかった。俺の使命は誰かを傷付けることじゃない。守ることだった。
「馬鹿だよなぁ……」
その瞬間だった。鼓膜が破れてしまいそうなほどの爆発音が響き渡ったのは。部屋も大きく揺れて、積み重ねていた本が落ちる。
「なんだ!?」
揺れはすぐに収まった。俺は顔を上げて、周囲の様子を確認する。幸いにも、本が落ちた程度で済んだようだ。
「地震って感じじゃなかったな……爆発音が近くで聞こえたし」
俺は恐る恐る立ち上がり、窓際まで向かう。窓から見える景色に変化はない。しかし、下にいる者達はそうではなかった。その場に座り込んで、恐怖に慄いた表情を浮かべている。俺は窓を開いて、そいつらに向かって叫ぶ。
「何事ーー!?」
しっかりと響き渡った俺の声は、そいつらに届いた。その中の一人が顔を上げて叫ぶ。
「とても焦げ臭いんですー! 城内でどうやら爆発が……煙も見えます!」
「どこー!?」
「塔のある方……開かずの扉がある所です! さっき、巽様と武者達が何人かいたのは確認したんですけど!」
塔がある所はそう離れてはいないが、俺の部屋の位置からでは見ることが出来ない。ならば、実際にそこに行って様子を見ればいい。
「分かったー! サンキューな!」
俺は急いで開かずの扉へと向かった。途轍もなく嫌なことが起こっているのは、間違いないだろう。ほとんどの者に知らされていない、つまりその場のアイデアで決まったこと。恐らく、そのアイデアを出したのは巽。
(嫌な予感しかしねぇわ。クソ問題児め!)
全身全霊で俺は走る。しかし、昔から走るのだけは得意になれなかった。理由は足が痛くなって疲れるから……ではなく、自分との闘いだけでなく他者ともタイムを競わなくてはならないから。
最近は鍛錬の成果もあって、少々のことでは疲れなくなったから、過去の自分には勝利しているだろう。でも、やっぱり走るのは嫌いだ。
「はぁ……はぁ」
でも、流石に広すぎるここは。階段も多いし、廊下も長い。近いけど近くない。近い方だけど遠い。
そして、俺の息が切れ始めた時、ようやく塔に一番近い場所へと到着した。そこで一度立ち止まって見てみると、俺は衝撃のあまり呼吸をするのを忘れてしまった。何故なら――。
(塔が壊れて……)
ここからでは全ての状況を確認することは出来ない。だが、一つ分かったことがある。塔の上層部は完全になくなってしまっていることが。そこは、俺の唯一の帰る手段のある場所。それが……壊されている。
武者達がそこらに落ちた残骸を集めている。そして、その中でただ一人大きな塔の残骸の上で、何もせず足を組んで座っている奴がいた。
「あいつ……!」
気が付いたら、体が動いていた。疲労も悲しみも混乱も全て、怒りで吹き飛んでいた。