何度も通ったその道は
―謎の部屋 昼―
通り慣れたいつもの道を、ただひたすら導かれるままに歩んだ。
(そういえば、あの時もそうだった)
初めてここを訪れた時も、老婆の声に導かれたのだ。何度も通った廊下が初めて通る道のようで、胸が高鳴ったのを覚えている。何度導かれても、新鮮な気持ちだった。
そして、およそ二十年ぶりにまたここに来たのだ。ここに来るまでの道のりは正確に覚えていない。城の中であるはずなのに、何度も通ったはずなのに。
しかし、部屋の様子は変わってはいない。畳に襖に屏風、着物がかけられた衣桁に行灯、それらが古き良き文化を感じさせてくれる。
「待っておったよ」
気が付くと、隣に声の主である老婆……神子がいた。幼い頃見た彼女の姿と今の彼女の姿は、変わっていない。二十年近く経っているのに、老いを重ねない方がおかしい。
「随分と立派になられた。あの頃の面影はあるのぉ」
神子様は、その場に正座した。
「ほれ、座布団じゃ。其方も座れ」
彼女の膝の上に座布団があった。それを僕の足元の前に置いて、そこを手で何度か叩いた。
「分かったよ」
僕は促されるまま、その座布団の上に正座した。僕が座った時には、いつの間にか彼女も座布団を敷いていた。
「こうやって話すのは何度目かの。最初は、いつになれば専属使用人がつけられるのかという文句じゃったのぉ」
彼女は、懐かしそうに顔をほころばせる。
(あぁ、そうだ。昔はそれがずっと不満だった。美月にも熊鷹がついていたのに何故……決めているのが彼女だと聞いていたから、すぐさま文句を言ったんだ)
「時が満ちていない、それが神子様の答えだったね。それだけ言って、すぐに話題を変えたんだ」
僕に、専属使用人が中々つかなかったのはそれが理由だった。思い出した今、わざわざ聞く必要もない。
「それより大事な話があったからねぇ」
「欲が僕を苦しめるって話だったっけ……? 当時の僕に分かるはずない。今もそんな大事な話とも思えないよ。それで、今回は何?」
彼女の表向きの職業は占い師。国の未来の行く末を占う。しかし、本来は神の信託を受け、それを伝える役目を持った神子。神など所詮、元々は僕らと同じ人類なのにどうしてこんな職業があるのか不思議で仕方がない。
ただ、彼女の役割は国にとって重要であることは間違いない。だから、僕は彼女に向き合っているのだ。
「この国の行く末……王である其方には伝えなくてはなるまい」
「行く末……ね」
僕にとって重要なことだ。それが何よりも守るべきことだから。
「絶望に差し込む微かな希望。それを広げるか消すかは王次第。消せば奈落、広げれば王の本当の夢は果たされ、呪縛の乙女も解放されることだろう。しかし、今のままでは消えるのみ。全ては王である其方に委ねられておる……とな」
「つまり国の行く末は、不安があるってことだ。僕のさじ加減ってことかな? フフ、微かな希望に呪縛の乙女……」
(微かな希望だけは逃がさない)
「我が使命は果たした。後は、其方に託された」
「大丈夫さ、この国だけは守るから……」
微かな希望を広げる、その為には……その希望の出口は塞がなくてはならないだろう。彼女の言葉がなければ、大切なことに気づけなかった。
「ありがとう」
僕は微笑んだ。そして、ある考えを頭の中で巡らせていた。僕の夢も願いも果たされる、幸福な考えを。
「ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんかね?」
「どうして、今まで僕を呼ばなかったの?」
「神からの指示ではなかったからの。わしも久々で驚いた次第よ」
(所詮、神子もその程度か。神なんかにすがるから……)