声が導く
―自室 昼―
「何だろうなぁ……」
入り乱れた表情を浮かべながら、ゴンザレスは呟く。
「喜んでいる自分と、悲しんでいる自分がいる」
ゴンザレスはあぐらをかいたまま、顔を伏せた。
「……クソッ!」
(変な奴だな。あ、元から変だったか)
「言いたいことはこれだけだよ。去れ」
部屋に誰かがいるのは鬱陶しいし、邪魔だ。僕がそう言うと、ゴンザレスは素早く顔を上げた。表情には、明確に怒りが見える。
「言われんでも去るわ! ばーか!」
ゴンザレスは立ち上がり、乱暴に扉を開けた。廊下に出ると、わざわざこちらを向いて舌を出し、大きな音を立てて扉を閉めた。
「忙しい奴だなぁ」
感情の豊かな奴だ。一々、一喜一憂して楽しそうだ。それにしても、見逃してやると言っているのにどうしてあんな反応だったのだろうか。嬉しくも悲しくもあると嘆いていたが、それは何故だろう。
(悲しい理由なんてないじゃないか。罪を免れるんだから)
僕は読んだ資料に印を押した。仕事の中で資料確認が最も多い。全てにを目通し、内容を理解しようと思うと時間がかかる。
仕事がこれだけならいいものの、来賓の相手や施設の訪問、外遊などもある。結果として中々進まない。資料は新しい物を見なくてはいけないし、後回しでいいものはどんどん遅れる。
(山積みだよ)
仕事をする為の部屋もあるのだが、ついついこっちの方が楽なので、こっちでしてしまうようになっていた。大した支障もないので、構わないはずだ。
(眼鏡も不要か……呑気にこんなことを、人であれる時間は僕にどれほど残っているかな)
再び化け物が目覚めたことで、力を取り戻してしまった。人間を圧倒的に超える嗅覚、暗闇でもしっかりと見れる目、些細な音でも聞き取れる聴力。何か他のことでもしていないと、気がおかしくなってしまいそうだった。
――僕をまだ支配出来ないからこうなる。君は弱い――
「うるさいっ!!」
僕は一人、怒りを露にしてしまった。強く叩きつけた机から資料が滑り落ちる。
――呆れる呆れる――
化け物の声は消えた。不快感に包まれながら、僕は落ちた資料を拾う。この細かな作業がより苛立ちを蓄積させた。
「こちらへおいで、巽」
しわがれた懐かしい声が、どこからともなく聞こえた。しかし、この部屋には僕しかいない。資料を拾うのをやめて、僕は周囲を見渡す。その声の主らしき匂いも感じない。
「この声は……」
覚えている。最後にあった頃と変わらない声。
「扉を開け、そのまま右方向に真っ直ぐ進むのじゃ。其方に伝えるべきことがあるんじゃ」
もう一度会いたい。そんな感情を抱いていたことを思い出した。
(行ってみよう)
僕はその声の言うままに、扉を開け右方向に進んだ。それは、なんら変わりないいつも通りの廊下。だが、奇妙な雰囲気にどこか包み込まれていた。




